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ある鈍重な業界に起きた革命──『D2C』#2

D2Cは、単なる「中抜き」ではない――。その本質は「顧客との関係性の変化」にこそある。
「ストーリーテリング」×「テクノロジードリブン」
「ビジネスのルールを書き換える2つの潮流をかけ合わせた、今投資家が最も注目するビジネスモデルの全貌と、立ち上げの具体論とは。『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』の一部を、特別に公開します。

私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

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1章 D2C が生んだパラダイムシフト(1/3)

 2018年10月、アメリカの寝具マットレス最大手の「Mattress Firm(マットレスファーム)」が破産法の適用を申請した。Mattress Firmは、創業 1986 年、全米で 3,300 もの店舗を持つ巨大チェーン。発表時点では、200 の店舗を即座に閉じ、続いてさらに 500 店舗を閉鎖するとされていた。

 驚くべきは、この破産の引き金を引いたのが、創業わずか 4 年程度の生まれて間もない D2C ブランドの Casper だった、という点だろう。Casper は 2014 年に創業以降瞬く間に成長し、ついには業界の秩序を揺るがし、文字 通りディスラプトしたのだ。

 これは、マットレスという個別の業界で、ある老舗企業が潰れ、新興企業が急成長を遂げた、という話ではない。Mattress FirmとCapserの話は、ブランドと顧客の関係の変化、小売業界に起きているパラダイムシフトの象徴でもある。スーツケース、メガネ、髭剃り、スニーカー、化粧品、ペット
フード、アクセサリー、家具......。

 こうした、従来ならテクノロジーと無縁だった業界で、同じような地殻変
動が次々と起きている。

 これまで、こういった業界のブランドは、デジタルやインターネットサービスのようなスピードの速い業界と比べると変化が緩慢であった。しかし、アパレルや日用品などの業界で、顧客と直接関係を築き、直接販売をする D2C ブランドが数多く登場し、多くの顧客の支持を集め始めるどころか、
それまでの業界の秩序を揺るがし始めている。

 ここで、「Casper 以前」のマットレスの、惨めな購買体験を見てみよう。
私自身もアメリカに住んでいた際に経験したが、顧客にとって非常にスト
レスの多い体験だった。

-まず、百貨店のだだっ広い売り場に並んだ無数の商品を前に、思わず
ため息が漏れる
-「今時誰がこんなの買うんだろう?」という派手な花柄のもの、ベッ ドフレームとセットでしか販売されていないもの、やたらと多いカ ラーレパートリー、スヤスヤ眠る子どものありきたりな寝顔の広告 ......。こうした、よくも悪くも「アメリカ的」な、圧倒的な物量と大 量の選択肢を見せつけられる
-偶然近くを通りかかった、ヨレヨレのシャツを着たセールスパーソン
に声をかける
-彼のガイドに従って、シンプルで、飾り気のない、手頃なマットを選
ぶ
-購入手続きをしているときに、数百ドルの配送料がかかると知らされ
るが、そのときには後に引けない状況になっている
-後日、愛想がまったくないUPS(配送業者)のドライバーによって、 ススだらけで黒ずんだ段ボールに入れられてマットが運ばれてくる

 これが一般的なマットレスの購買体験のフローだ。

 マットレスは、普通の顧客にとっては長ければ 10 年程度使用し、1 日の 30%程度をその上で過ごす、とても大事なものだ。にもかかわらず、その購入体験は前近代的で、決して楽しいものではない。少なくない出費にもかかわらず、顧客はそのマットレスをまったく好んでいない。誰も自分のマットレスについて語ったりはしないし、ブランドすら覚えていない人も多い。
そして、それに対して違和感を持つ人もいない。

 Mattress Firmはこうした、欠陥だらけのユーザー体験を何十年間も改善しないまま、業界首位を守り続けてきた。「マットレスをオンラインで買う人間なんていないだろう」と考え、デジタルへの投資もさして行わず、旧態 依然とした販売手法を連綿と続けていた。そしてMattress Firmだけでなく、業界全体が、その変化の少なさに安住していたのだ。

 しかし、革新的な製品とエクスペリエンス、共感を生む世界観を備えた Casper という会社が誕生してから、状況は一変した。

 Casper は、2014 年にニューヨークで 5 人の若者が創業したマットレスを
販売するスタートアップだ。

 彗星の如く現れた同社は、瞬く間にシェアを広げ、急速に伝統的なマットレスメーカーのシェアを奪っていく。Casper の売上は創業初月に 1 億円、 最初の 12 ヶ月で 100 億円。2 年目には 200 億円にまで達した。2018 年の売上は約 400 億円。その勢いはとどまるところを知らず、2019 年初めには、 北米地域だけで、200 もの店舗を出すことを発表している。

 Casper は以下のような特徴を持つ。

-オンラインで簡潔にオーダー可能。わざわざ店舗に行く必要はない 
-100日間は返品無料。自分に合わなければ、すぐに返品できる -競合と比較    し圧倒的な価格優位性を持つ。一番の売れ筋は400 ~ 600ドル程度。同業      他社の販売価格(平均800 ~ 1,000ドルと言われる)ドル程度。同他社の販売    価格(平均800 ~ 1,000ドルと言われる)
  と比べて圧倒的に安い
-他の人のレビューを参照しながら購入可能
-デザイン性が高い
-現代的で洗練されたUI(ユーザーインターフェイス)、
  UXを持つWebサイト
-ウェルネスについて多くのテーマを特集した
  雑誌『WOOLLY』 を独自で発刊
-睡眠やウェルネスについてのポッドキャスト番組を展開
-Instagramで15万人弱のフォロワー
-女性1人でも運搬可能なように、マットレスからスプリングを無くし、
  真空パックに入れて圧縮した上で小型冷蔵庫サイズのパッケージで配送
-15,000人のモニターのベッドにセンサーを組み込み、データを取得 しなが    ら、次世代のプロダクトを開発

 こうして見ると、Casper は、これまでのマットレスメーカーの悪いユーザー体験を改善しただけではないことがわかる。

 これまでの購買体験の欠陥を潰しただけでなく、単なるマットレス「メー
カー」の枠を越え、雑誌やポッドキャストなど、メディアカンパニーのよう
な取組みも行っている。また、質の高いブランディングやデジタルの取り組
み強化など、これまでの「安い、丈夫、長持ち、大きい」という機能的価値
だけを訴求していたマットレス業界に、新しい競争軸を持ち込んでいる。

 Casper は、2019 年頭にユニコーン(評価額が 1,000 億円を超えるベンチャー企業)の仲間入りを果たした。

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 ここでは Casper の事例を挙げたが、先ほど書いた通り、こうした変化はマットレス業界だけで起きているのではない。

 たとえばメガネ業界。「史上もっとも成功したオンラインブランド」とも言われるWarby Parkerは、急速に売上を伸ばし、今や全米のスタートアップが模倣する存在にまでなっている。2015 年には、アメリカのビジネス誌
『Fast Company』の毎年恒例の企画「もっとも革新的な企業ランキング」 で、Apple、Google、Alibaba(アリババ)などを抑え見事 1 位に輝いた。

 Warby Parkerは、革新的な新しい成功モデルの代名詞のような存在となり、今や多くの D2C スタートアップが、自社の取り組みを説明する際に 「Warby Parkerの〇〇版」と表現する。またAway(アウェイ)というスー
ツケースのブランドは、創業 3 年目にもかかわらず売上は 400 億円に上る。

 おもしろいのは、こうした変化が「鈍重で古い業界」で起きているという
ことだ。

 ここで挙げた、マットレス、メガネ、スーツケースなどは、インターネットの世界では 20 年前から生まれていた革新性や起業家精神とはまったく相容れない業界だった。しかし、こうした業界がインターネット的なカルチャーと手法に出会うことで、革新的なプレイヤーが参入し、いずれも大成功を収めた。その分野は、化粧品、アパレル、歯ブラシ、ブラジャー、髭剃りなど、小売のあらゆる分野に及ぶ。まるで、変化を希求するマグマが溜まっていたかのように、多くの顧客がこうした新しいプレイヤーたちの商品に飛びついている。

 新しいプレイヤーの特徴は以下のようなものだ。

-2008年を境に、インターネットから生まれたブランドである -自らがメー    カーであり、自社製品を、自社独自のチャネル(ECやリ
  アル店舗)で「直接販売」する
-マーケットの伝統的なプレイヤーに比べて、圧倒的に安価な金額で製品や      サービスを提供する
-販売だけでなく、SNSなどを活用してPRやマーケティングも顧客に
  「直接」話しかけながら行う
-メーカーの皮を被ったテック企業である。データ分析などのテクノロ
  ジー活用を積極的に行う
-インターネット企業のような指数関数的な成長を目指す
-プロダクトブランドではなくライフスタイルブランドである

 こうした企業はこれまでの小売メーカーのルールにとらわれない形で、商 品開発、チャネル開発、マーケティング、値付けを行う。最近は、DNVB (Digital Native Vertical Brand)とも呼ばれているが、「デジタル起点であ ること」「生産から販売までの垂直統合を志向していること」という点で同 義である。他にも、DTC(DtoC)、DNB(Digital Native Brand)など、呼び名や表記の派生系は多数あるが、この本では「D2C」と表現する。ただ、 Direct といっても単なる「中抜き」ではなく、上に挙げた、デジタル起点、 垂直統合性などを内包している点を覚えておいてほしい。

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はじめに
1章 D2C が生んだパラダイムシフト
2章 「機能」ではなく「世界観」を売る
3章 「他人」ではなく「友人」に売る
4章 D2Cの戦略論
5章 D2Cを立ち上げる(スタートアップ・ 大手ブランド・大手小売)
6章 D2Cの先にあるもの
おわりに