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新規事業で科学すべきは〝異能の掛け算〟である

天才不要。要、異能のチーム。
"異能の掛け算"こそが、新規事業に必要な科学である。

500ケース以上で研究した成功の再現性を限りなく上げる、「チーム論」と「方法論」の戦略的融合。

新規事業一筋15年の井上一鷹氏によるNewsPicksパブリッシングの新刊『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』の冒頭部分を抜粋し、お届けする。

 はじめまして。井上一鷹です。

 私は、「集中力」に関する著作を過去に2冊上梓してきましたが、実は集中力の専門家というのは裏(?)の顔で、職業上の本当の顔は、新規事業家であると自負しています。

 新卒で戦略コンサルティングファームに入社して以来、30代後半までの社会人歴のほぼすべての時間を、新規事業開発に投じてきました。

 5年:戦略コンサルタントとして、寝る間も惜しんで顧客の新規事業を考案
 9年:ゼロからの企業内新規事業開発を2回(JINS MEME, Think Lab)
 1年:新規事業の実践と研究(現在)
 (2017年より、プロボノとして、100件以上の事業計画のメンター)

 本書はひと言で言えば、そんな新規事業一筋の私が解き明かす、事業の価値創造をするための「異能の掛け算」の本です。

 もう少し平たく言えば、「新規事業のチーム論と方法論の本」です。
(新規事業だけでなく、ベンチャー起業家やサービス開発、DX推進の事業部にも役立ちますが)

 なぜ「異能の掛け算」か。
 これから説明する異能の掛け算こそが、最前線のビジネスの立ち上げにおいて、最も汎用性が高く、レバレッジが効く、価値創造のためのスキルだからです。

 本書の内容を、ざっくりお伝えするとこんな内容です。

「イーロン・マスクみたいなすごいタレントが、あなたのチームにいますか? 
 ではスティーブ・ジョブズはどうでしょう? ジャック・マーは? シェリル・サンドバークは? 孫正義は? 
 ……なるほど。安心してください。
 新たな価値は、1人の天才ではなく、チームで創る時代です。そのチームとは、大事にするモノサシも違えば、プロフェッショナルなスキルも違う、Biz(ビジネス)/Tech(テクノロジー)/Creative(クリエイティブ)の〝異能〟の集まりであるべきです。
 異能の人材が、〝子供の自由さ〟と〝大人の教養〟をもって、サービスコンセプト・競争戦略・利益構造のデザイン(企画・設計)とプロトタイピング(試作・検証)を繰り返せば、最速で新しい価値を創れます」

 いきなり煽ってしまってすいません。雰囲気は伝わりましたでしょうか(笑)。
 イーロン・マスクやスティーブ・ジョブズのような、カリスマ的な天才も、きっとこの日本のどこかに居るのだと思いますが、まだ自分のチームにいなければ、本書を読んで損はないはずです。

精神論になりがちな新規事業の「成功談」

 本題の前に、そもそもなぜこの本が誕生したのか、その成り立ちをすこし説明させてください。

 ありがたいことに、私自身が行ってきた新規事業の「JINS MEME」というメガネ型ウェアラブルデバイスのサービスや「Think Lab」という会員制ワークスペースのサービスは、世間に興味関心をもってもらう機会がとても多くありました。そこでWEB媒体からテレビ番組まで、100回以上はメディアに露出し、自らの事業開発の経験を(偉そうに)語らせてもらっていました。
しかし内心はモヤモヤを抱えていました。

「新規事業はその内容ごとに課題は新しいけれど、経験を重ねると、悩むポイントや勘所には確実に鼻が利くこと」は感じていたものの、その実、事業開発の要諦を掴めているような掴めていないようなフワフワとした違和感がありました。どうにもその核心や構造が言語化しづらい。

 見渡してみると、私だけでなく、事業開発の経験者が語る内容が、とにかく精神論が多いことに気づきました。成功した人たちは、〝自分が◯◯だからできた〟と表現する場合が多く(気持ちはわかりますよ。がんばりましたもんね、超がんばらないとできませんもんね、新規事業って……)、サイエンスできる部分をなおざりにしてきたのではないか、と胸に手を当てて考えるようになりました。

 そんな中、私が出会ってしまったのが本書の監修となるSun Asterisk(サンアスタリスク)という会社です。

 創業は2012年、上場は2020年。「誰もが価値創造に夢中になれる世界」をビジョンに、新規事業・プロダクト開発支援とIT人材のマッチングを行うデジタル・クリエイティブスタジオです。

 新規事業を立ち上げる大企業や新サービスを立ち上げるベンチャーとともに、直近3年だけでも400件以上のサービス/プロダクトを開発。Biz / Tech / Creativeそれぞれのプロ人材が集って、0から1を、1から10を生み出すことに死ぬほど向き合っている。

 要するに、私の大好きな新規事業を実践・研究するのに最高の場所だったんです。
 出会いにも恵まれ、思わず研究者のような冒険者のようなマインドでSun Asteriskに参画することになりました。

 さらに今は、武蔵野美術大学の山﨑和彦先生と共同研究で、新規事業のカルチャーについての普遍性を見いだすべく、LIFULLさん、マネーフォワードさん、freeeさん、Ubieさんや総合電機系などの大企業数社を含む10社を対象にインタビューを続けています。
 前置きが長くなりましたが、本書はSun Asteriskの異能の仲間たちが、過去事例とともに惜しげもなくノウハウを提供し、そこで生まれた白熱した議論や産学共同研究を通じて生まれた結晶なのです。

新規事業には「チーム」と「方法」の両輪が必要である

 さて、そろそろUberやZoomやStripeのような世界的ベンチャーを目指す心の準備はできたでしょうか。

 え、できてない?  よかった!

 その心の準備、一旦ストップしてもらって大丈夫です。

 なぜなら、新規事業のような世界に挑むには、多くのビジネスパーソンがイメージするようなド派手な事業成長や既存事業の成功体験を、アンラーニングすることから始まると言っても過言ではないからです。

 新規事業をたくさん作ってきたと聞くと、その中で成功したものはありますか? SpotifyやAirbnbのような誰もが知っている有名なサービスにまで成長したものはありますか? と聞かれがちです。

 最初から世界的成功をする「魔法の杖」を探しているからですね。この手の問いは、事業の成長フェーズである0→1と1→10と10→100を区別できていません。

 SpotifyやAirbnbにも0→1と1→10の新規事業フェーズがありました。しかし、ほとんどのみなさんがこれらのサービスを知るようになったのは、新規事業とは言えないような10→100の拡大フェーズを経た後なのです。

 つまり、新規事業としてどのような試行錯誤があったのかは、100まで拡大した後には見わけがつきません。きっと同じようなサービスで10の状態まで育った事業はあるはずです。なぜ彼らだけが世界的サービスになったのか。それは、彼らだけが10→100のゲームを制したからでしょう。
(事業の成長フェーズの定義について、くわしくは1章P27で説明します)

 確実性のある成功を積み上げる10→100フェーズと、0→1、1→10のフェーズは、まったく違うゲームなのです。

 無数の0→10の事例に特化して研究を続けたところ浮かびあがった既存事業との最も大きな違いは、無数の選択肢の中で正解がわかりづらい「不確実性」が支配しているゲームだということです。

 本書は、そんな新規事業という名の五里霧中の航海をするための、異能のクルー集めと羅針盤を授けるものです。

 図表1のように、不確実性を下げていく流れには3段階あります。

  ①始動する
  ②無知の知に至る
  ③確信と確証を得る

 子供の自由さを持つ人だけが初めに動き、大人の教養を持つことで無知の知に至り、そのチームが異能の掛け算を経て、事業価値の確信と確証を得ていく、という流れになります。

 本書の構成として、まず1章では、不確実性が支配する「新規事業の正体」を中心に、本書の前提を整理します。
 2章は「どんなチームを組むべきか」というチーム論。〝子供の自由〟さと〝大人の教養〟を持った、異能のチームを作る方法を考察します。
 3章は「どんな方法で行うのか」という方法論。確信と確証を繰り返し、異能の掛け算をするための、バリューデザイン・シンタックスというフレームワークについてお伝えします。

 新規事業という、変数が多く未知なことが多い領域の成功確度を上げるには、チームと方法の両輪が必要なのです。

夢中でアートにのめり込むためのサイエンスを

 もちろん新規事業においても、ビジョンや意志、当事者意識や原体験は大事です。

「新規事業のサイエンス」をこれから論じる上では矛盾するようですが、人の内側に宿る、エゴや狂気ともいえる情熱が、組織や事業を駆動する体験を私もまざまざと味わってきました。

 ですから、この本は再現不能なアートのような部分を否定するものではありません。しかしそれらは、極限に至れば至るほど、コントロールできるたぐいのものではありません。いくらスティーブ・ジョブズを研究したところで、スティーブ・ジョブズの代わりにはなりえないのです。

 本書はむしろ、アートな部分が主役にありつつ、サイエンス可能な部分がある、という立場を取ります。そして今回のような体系化を試みることでサイエンスできる部分を増やし、新規事業の参加者の共通認識を醸成することで、アートに専念できる状態を創りたい、と思っています。

 昨今の日本で、結果的に起業家も企業内起業家も足りていないのは、「事業開発の方法論の再現性」がないことが諸悪の根源だと強く感じます。新規事業でサイエンスすべきは、異能の掛け算なのです。

 この本は、その「チーム」と「方法」の両輪の全容を把握する初めての試みであり、そこに価値があると自負しています。

 本書の学びを活かした結果として、みなさん自身のアートとなる領域に専念し、自分たちしか見いだせない価値を最速で創り上げてもらうことが本書の目的です。

 最後に本編に入る前に、少しだけ私の話をさせてください。

 3年前、私の父が起業した年齢になったのを契機に、「自分のライフワークは何か」を考えるべくマンダラチャートを書きました。そのとき決めた、中心にある夢は「日本で一番、影響力がある新規事業家になる」ことで、今も変わらずその夢を追っています。

 理由の半分は、新規事業が次のような理由で、現在の日本において社会的に求められる最大のミッションだと考えるからです。

 ・法人全体で約500兆円の内部留保を抱えている。多くの大企業がCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を運営しても投資先に困っている
 ・大企業、官庁がこぞって新規事業のアクセラレータプログラムを実施している
 ・新規事業開発ミッションで9000件の人材募集(ビズリーチ 2022年9月末日 コンサル・士業系を除く)

 つまり、「カネは余っていても、新規事業を創れるヒトが足りていない」のです。

 もう半分の理由は、「ゼロから立ち上げたサービスがユーザーに届いた瞬間の感動は代えがたいし、そこまで至るまでのプロセスがおもしろくて仕方がない」ということです。つまり、「自分が夢中になれることだからです、以上!」という個人的な嗜好に根ざしています。

 では、新規事業を創れる人はどんな人でしょうか。夢中になれる人です。一つの真理として、「努力は夢中に勝てない」ということ。

 本書を手にとってくださった、あなたはどんな「異能」と働くのでしょうか。

 あなたが子供みたいに夢中になれる人ならば、天才じゃなくても大丈夫。大人の教養を身につけて、異能の仲間を見つけて、一緒に価値創造に夢中になりましょう。

(本書『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』へ続く)

【目次】
■はじめに──新規事業で科学すべきは〝異能の掛け算〞である
■第1章 新規事業の正体──不確実性が支配する暗闇の歩き方
■第2章 新規事業のチーム論──異能を活かすBTCチームの鉄則
■第3章 新規事業の方法論──確信と確証のための羅針盤