==同じだけど違う話==

 
蛍の光が大好きだ。
夏になると光るあの光じゃなくて、日本ではお別れの歌として定着している、あの蛍の光だ。
別に歌が好きなんじゃなくて、あの歌が流れる時間がたまらなく好きなのだ。
その時間になると居ても立っても居られなくなって、自分のところに来たお客の買い物を10%引いてあげたい気持ちになる。
うちの場合は、7時55分ごろこの歌が流れ始める。
この頃になると、買い物のお客さんもまばらにはなるのだが、それでもまだ何人かが残っていたりする。
値引きになった商品を探すおばさんや、おしゃべりが止まらなくなった主婦、奥さんに忘れ物を頼まれたご主人や、何に迷っているのかわからない男性。
この人たちが、蛍の光と同時に動き出す。
この止まっていた時間が動き始める時も好きなのだけど、もっと素敵な時間が待っている。
この後に。
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私がこの仕事を始めてから約一年になる。
バカ男がうちに転がり込んできてから1年と4ヶ月。
従兄弟がやっている、かわいい雑貨と喫茶のお店を何もしないよりいいからという理由で、お手伝いをしていた私のところに、友達の紹介で知り合ったその男は、知り合って1週間目で自分の実家から転がり込んできた。はじめの2ヶ月はとても幸せだった。
だけど違和感を覚え始めてきた3ヶ月目あたりで、私はその男が私との生活を共に過ごしているように感じられなくなってきた。
完全なる居候のこの男は会社で働いているくせに給料を全く使おうとしない。
だから2人分になった私の生活は目に見えて苦しくなっていった。だけど頼られていることが嬉しくて、私はどうしてもこの男を追い出すことができなかった。
私の小さな幸福感とは裏腹に、生活は厳しくなって、結局私は従兄弟の可愛い雑貨屋をやめることにして、そのちかくのスーパーのレジ係になることにした。
従兄弟は
「力になれなくて、ごめんね。ごめんね」
と私がやめる事に対して感じなくてもいい罪悪感を感じ、
男は
「あのお店やめるのは残念だけど、給料が前より上がるならそれがいいよね」
とレジ係を勧めた。
ラブ イズ ブラインドとはよく言ったもので、こんな簡単なことですら1年後の今になって、やっと分かる。
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私がその新しい仕事の中に楽しみを見出して商品をスキャンできるようになり始めた半年後くらいにその素敵な時間は起きた。
いつもこだわった商品を買って行く女性のお客さんがいて、その日はたまたまお気に入りの少し高めのオリーブオイルを棚から切らせてしまっていた。店長がバックヤードまで取りに行っていたその時すでにお客はその女性だけになり、店内の有線放送も消えていた。
他のスタッフは片付けに回っていて、3番のレジにいた私がその女性を待つことになった。
わたしがレジに立ち商品棚の方向を見ていると、何か見慣れない風景があることに気がついた。
何が違うのかわからないのだが、それは次の瞬間に私を高揚させた。
女性が店長からオリーブオイルを渡されてこちらに向かってくるその時、一番左の列になるビール類の棚の照明が消えた。
なぜか私はその光景になんとも言えない高揚感を覚えて、いてもたってもいられない気持ちの中、女性の商品をスキャンしていた。
「遅くまでごめんなさいね」
謝る女性に対して、色々な意味も込め
「ありがとうございます」と返事を返した。
精算を終え、新人の私はチーフを呼んでレジを閉めてもらう。
「はい、終わり。おつかれさま」
と言うチーフに
「ちょっと、バックに行ってきますね」
そう伝え、私は照明の消えたビール棚の方へ歩いて行った。
その隣の野菜売り場の明かりもすでに消えていて、はじめに感じた見慣れない感覚は、このコーナーの照明が消えたからだと気がついた。
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私は歩いた。店の外に出るように促されるまでのたった10分程度の冒険だったけど、そこは、居てはいけない場所にいる密かな喜びと、知らないものを見る好奇とが共存する夜の遊園地だった。
夜の遊園地は私を変えた。
初めて足を踏み込んだ時のわくわくはどきどきは萎えることなく、今でも私を興奮させる。
あの終わりの音楽が流れ、無音になってからの約20分は私だけの時間。私は眠る商品たちの間を歩きながら冒険をする。夜の遊園地の冒険は、私に空想させ私を無敵にする。この時間と空間はここにしか存在しないし今しかない。なんて楽しい時間なんだろうか。
眠る商品たちの間をさまよう私は、時々自分と会話しながら歩く。自分にとって大切なものは何なのか。家に戻れば、当たり前のように男は帰ってきて、当たり前のようにご飯を食べて、あたり前のように寝る。そこに私は存在しない。答えは見えないけれど澄まされていく自分が私に語った
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そして今日、私は一歩踏み出した



2017/1/20

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