==少し暖かな話==

いつも仕事に向かう道の丁字路の突き当たりに、可愛いお家がある。
木と塗り壁をうまく組み合わせた洋風の可愛いお家だ。
お家は通りからだと庭を隔てて建っていて、絵に描いたような小さな窓があるのだが、そこには可愛いさくらんぼの柄のカーテンがかかっていた。
それに気がついたのは今から3ヶ月前のことで今日も私は少しわくわくしながら歩いている。
そのお家の前を通るのは、7時05分着の電車を降りてから歩きで向かう途中で、大抵7時10分前後。
太陽の光は暖かでとても気持ちよく、風もない。住宅街の中にある大きな弧を描く道を歩いていくとそのお家は見えてきて、小さい窓をよく見ると、女の子がちょこんと窓越しに顔を出して覗いている。
いつもと同じ、長めのおかっぱ頭で、ちょっと眩しそうな目をした笑顔が可愛い子。
10歳くらいの色の白い女の子。
私が、お家に近づくと、ニコッと笑って小さく手を振る。
私も肩くらいまで上げた左手を小さく振る。
ただこれだけ。
これだけのことが3ヶ月続いていて、3ヶ月間私の心を暖かくしている。
大きな通りを歩いた方が職場には5分ほど早く到着できるのだけれど、私は少しだけ回り道をしてこのお家の前を通る。
もともと、大きな通りは気持ちが落ち着かないから好きではなかったのだけれど、大きく曲がった細い道を歩いていくと徐々に見えてくるこのお家が気になっていた。
一番初めはカーテンの隙間に少しだけ人影が見えた程度だったので、私もなんだろうかと気にするようになっていた。
10日もすると女の子の顔が少し隙間から覗いたので、私から手を振ってみた。
次の週に前を通ると、可愛らしい女の子が恥ずかしそうに小さく手を振ってきた。窓を拭いているかのような仕草だったけれど、私にはこちらに向かって手を振ってくれているんだなとわかるのに、少しも時間はかからなかった。
それから毎日、私は朝のこの数秒の時間が楽しみになった。
女の子は、私が来るのをずっと待っていてくれることもあれば、慌てて飛びつくように窓に来ることもある。
大きく顔を出してくれることもあれば、初めの頃のように隙間から覗いていることもある。
その時々で、私はその子のストーリーを考える。
寝坊しちゃって慌てているのかな、気がついたらもう私が通る時間だったのかな、朝ごはんは食べたのかな、妹(兄弟がいるのかすら知らないけれど)と喧嘩したのかな、友達とどんな約束をしたのかな。顔が見えない時は心配になる。
大きな曲がった道を歩きながら、今日はどんな女の子に出会えるのか、小さな期待と小さな不安を楽しんでいる。
ただそれだけ、眩しそうな目で、時々左手で日差しを避けるような仕草をして、ほんのりと笑顔を浮かべるその子と窓越しに会えるだけで、それだけで楽しい。
とくに何も起きる必要もない毎日でいいんだと思う。
だけど、いつかあの子と一緒にクレープを食べに行けたら楽しいだろうな。とも思っている

2017/01/25

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