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ヘブライズムと超越論的世界観(6)

これまで、ヘブライズムと超越論的世界観について説明してきました。

1.素朴実在論の否定

2.人間の「主観性」の尊重

3.相対主義

という、ヘブライズムと超越論的世界観から生まれる3つの態度があることを説明してきました。

ニーチェによって暴かれた遠近法=相対主義=ニヒリズムの問題は、功罪ともに現代にもとても大きな影響を与えていることもお話しました。

その影響は5つの点に現れます。

a.認識の多様性

b.科学技術の発展

c.少数意見の尊重・民主主義の発展

d.道徳の崩壊

e.ポスト・トゥルース

相対主義がa.認識の多様性を確保することは、個々の立つ位置によって見え方が異なるわけですから、その意義が理解しやすいです。「神の死」「遠近法」を唱えたニーチェは、主著『ツァラトゥストラはかく語りき』で「超人」として個人の認識が持つ可能性の価値を高めたわけです。

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そこから、事象を多角的に、そして批判的に分析・検証することも重視され、そのことがb.科学技術の発展につながることは容易に理解ができます。カール・ポパーは科学理論の客観性を保証するものとして、「反証可能性」を提唱しました。

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相対主義が認識の多様性を確保したことによって、個々の認識主体の地位を高めました。そのことによって、c.少数意見の尊重がなされるようになりました。例えば、女性、先住民族、そして性的マイノリティの権利の擁護という現代的なテーマにつながっています。


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ところが、「遠近法=相対主義」は必ずしも良い影響だけをもたらしたわけではありません。ニーチェが「神の死」を唱えてキリスト教道徳を破壊したように、私たちのコミュニティが引き継いできたd.道徳の破壊につながる可能性が高いです。

「遠近法=相対主義」は旧来的な道徳を破壊することで個人の解放にはつながりますが、必ずしも自分の意志で自分の道徳を打ち立てることができる強い個人ばかりではありません。大多数の弱い個人にとっては、道徳が崩壊することによってニヒリズムに陥ってしまいます。

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その中で、最も現代的なテーマに現れているのがe.ポスト・トゥルース、つまり政策の詳細や客観的な事実より個人的信条や感情へのアピール(英語版)が重視され、世論が形成される政治文化という問題です。

「ドナルド・トランプはニーチェとジャック・デリダの後継者なのではないか――こんなふうに哲学者たちはこの上なく真剣に問うてきた。真と偽の違いを無視する態度は典型的な「ポストモダン」の態度ではないか。世界を「オルタナティブな事実」でいっぱいにするためにソーシャルネットワークを利用するならば、それによって〈事実はなく解釈だけがある〉というニーチェのテーゼがもう一度くりかえされているのではないだろうか。」
これは昨年刊行されたフランスの哲学者ミリアム・ルボー・ダロンヌの『真なるものの弱さ』に寄せられた書評の一部である。
引用元:ポスト・トゥルースを突き抜ける新しい哲学の挑戦(浅沼 光樹) |  講談社

ポスト・トゥルースの代表的人物であるドナルド・トランプは、ニーチェの遠近法の延長線上にいるわけです。

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ヘブライズムの存在優位性の思想、ひいては超越論的世界観がポスト・トゥルースの世界を生んだと言ってもいいでしょう。

このポスト・トゥルースの問題についてどう考えるかについては、善の優位性の特徴を持つヘレニズムの哲学、そして哲学の歴史に批判的に立ち向かったポストモダンの哲学、そして、そのポストモダンの哲学に対して批判的に立ち向かったマルクス・ガブリエルを総合的に見ていく必要があります。

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次回からはそのテーマで連載します。


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