初夏の部屋と最近の読書

南側の窓にかかるレースのカーテンを膨らませて風がふわーっと入ってきて、開けたままにしてあるしきり戸から寝室の奥の北向きの窓に抜けていき、カーテンも網戸も開け放した西向きの窓からは空と多摩川とその向こう岸を走る車とよみうりランドの観覧車と何かしらのアトラクションと思われる高い塔のようなものが見える。窓際には自分が好きだと感じ選んだ植物や絵や本が並んでいる。ギターがありマイクがあり、作業用のデスクがあり、スピーカーがある。わたしはそれらを眺めながらぼーっとコーヒーを飲みながら自分で焼いた焼き菓子を食べ、音楽を聴いたり、積み上がった本から一冊を手に取りパラパラめくったりする。最近、わたしはこの部屋がとても好きだなぁとよく思う。そう思える部屋に出会いそこに暮らせているということはとても幸福なことだ。

同じようなタイミングで何冊かを読み始めたので、同じようなタイミングで何冊かを読み終えた。

①金原ひとみ『アンソーシャルディスタンス』

これはSNSでも少し書いたのだけど、最近出たエッセイの中で、金原さん自身が好きなバンドのライブにいかに救われているかということがかなりの切実さとともに度々綴られており、小説の中にもコロナ禍におけるライブハウスの苦境や補償しない政府への怒りがしっかりと織り込まれ描かれていて、そのことに個人的にとてもぐっときたのだった。わたしは金原ひとみは蛇にピアスをはじめて読み、そのあとは1〜2冊小説を読んだくらいで特別好きというわけではなかった(特に久しぶりに読んだ一冊が不倫もので、不倫ものはあまり好きではないというか好きではないのでそれ以来読んでいなかった)けれど、ふと見かけたWebのインタビューで彼女が自分の生きづらさを話しているものがあり、その中で、結婚しても、母になっても、海外に居を移しても、ずっと苦しい辛いままだ、何も変わらなかった、ということを語っており、わたしはそれを読んで絶望したと同時にとても救われたような気持ちにもなって、だからこの間彼女の初めての(たぶん)エッセイが出版されるのを知ったとき、とても読みたいと思い、すぐに購入したのだった。

エッセイ『パリの砂漠、東京の蜃気楼』も『アンソーシャルディスタンス』も、本当に救いがなくて(後者については、収録されている5編のうち、ライブハウス のくだりが出てくる1編にだけは確かな希望が描かれており、それにもまたぐっときた)、よくもまぁこんなにも救いのないものばかり書けるなと思うほどだったけれど、でも彼女のインタビューに絶望し同時に救われたように、わたしはこの2冊にも確かに救われたのだった。なんていうか、そういうものだと思う。

救いのないものの存在によって救われる。それは、他の中に存在する絶望の存在を知ることで自分の中に存在するまがいない絶望の存在を許容することができるからだ。絶望による希望なのだ、ということを思う。

②藤本和子『ブルースだってただの唄』

なにで見かけたのか、Amazonのほしいものリストにずっと入っていて、最近ようやく買い、読んだ。BLMのこともあり、近年のアメリカ、黒人文化、差別、というものに少し触れておきたい気持ちがあり興味を持ったのだと思うけれど、読み始めてみたら、これらの女性たちの物語が語られ綴られたのはわたしが生まれるよりも前だということがわかり、あれこれはいま読みたいものではなかったかも、と思ったけれど、全然まったくそんなことはなかった。歴史。いまに繋がっているそれを知らずして、今を知り語ることは出来ない、という当たり前のことを確認させられた。そして解説が、筆者のことをなにひとつ知らずに読んでいたわたしに、彼女のひととなりや作家としての姿勢などを丁寧に示してくれるようなとても良い内容で、遠くの誰かの、名前のない人生を、聴き、書き、綴り、残す、というその行為の持つものすごいパワーと尊さ、意義、そしてそれをするひとの誠実さ、切実さ、そういうものにたいそう胸を打たれ、ほとんど打ちのめされたのだった。

③長島有里枝『背中の記憶』

un/baredでモデルをやってもらったカナイフユキさんが、わたしのした家族の話を聞いて思い浮かんだといって貸してくれた。たまにひとから本を借りたり、あるいは本屋さんで適当に手に取ってみたりして、これまで読んだことのなかった作家の本を読むと、慣れない文体の居心地の悪さが気になって内容がなかなか入ってこないことがよくあるのだけど、長島さんの場合もそうだった。だけど読み終わる頃には一周して体にすっかり馴染み、なんか、②にも通じるけれど、交わることのない、だけど確かに当たり前に存在しているどこかのだれかの「生」、その中にあるかなしみ、愛しさ、切なさ、について想ったのだった。そしてこれも角田光代さんの解説がよかった。

とてもいい映画の最後のエンドロールで出鱈目な曲がかかるとそれまでに観たものすべてが台無しになるように、解説が良くないと本当に悲しい絶望的な気持ちになるのだけど、良い解説でしっかりと結ばれていると、その本はよりはっきりした輪郭を持って自分の中に残る。

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他の読みかけの本はエッセイばかりなので、小説を買い足したい。なにがいいかなーと考えている。おすすめがあったらぜひ教えてください。

きのうはサーカスチームで午後過ぎからゆるゆるとピクニック。お酒やらごはんやらおやつやらを公園に持ち寄ってわいわいして、夕方成が眠くなるとべべちゃんと一緒に先に家に帰り、暗くなったあとは近くのマイコーの家に移動してもう少し飲んで、終電で帰ってきた。友達の家で飲むなんていうことも随分久しぶりだったような気がした。そうでもないか。だけど行ったことのないひとの家に行くのが久しぶりだった。いやそれもそうでもないか。わたしは途中途中、公園でもマイコーの家でも寝たり起きたりしていた。お酒を飲むとすぐに寝てしまう。最近好きな玉ねぎのマフィンとキャロットケーキを焼いていったのだけど、はじめてまぁまぁよしと思えるキャロットケーキが焼けてとても喜んでいる。二台焼いて一台持っていって、残りの一台を今日はちびちび食べる日。久しぶりにコーヒーを入れた。今日はのんびり家で仕事をする日。

朝、好きな時間になんとなく起きてきて、洗濯をして、コーヒーを飲み、仕事をして、料理をし、本を読み、ぼーっと窓の外を眺める。ただそれだけの穏やかな日々がずっと続けばいいなと思う。

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