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BTS "Begin" 僕を僕にしてくれたあなたへ 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.137

こらえきれずに泣いている 君
代わってあげたい できやしないけど

Begin




何もなかった15歳の僕
世界は本当に大きかった
余りにも小さ過ぎる 僕
今はもう想像もできない
見掛け倒しの
中身が空っぽだった 僕
祈りを込めて

愛してるよ 兄さんたち
兄さんたちが居て、
感情が生まれた僕は僕になった
だから僕は僕で 今、僕は僕だ

あなたが僕を つくり出すよ
あなたが僕を 目覚めさせる
あなたが僕を立ち上がらせる
(僕と一緒に笑ってよ)
あなたが僕に
今の僕を 始めさせるんだよ
(僕と一緒に笑ってよ)

こらえきれずに
泣いている 君
代わってあげたい
できやしないけど

あなたが僕を つくり出すよ
あなたが僕を 目覚めさせる
あなたが僕を立ち上がらせる
(僕と一緒に泣いてよ)
あなたが僕に
今の僕を 始めさせるんだよ
(僕と一緒に泣いてよ)

死ぬほどつらいよ
兄さんが悲しむと
兄さんが苦しむと
自分が苦しむよりも つらい

兄さん さあ泣こう
泣いてしまおう
悲しみは良くわからないけど
ありのままに泣くよ
だって、だってさ

あなたが 僕を僕にしたから
あなたが 僕を僕にしたから
あなたが 僕を僕にしたから
(僕と一緒に飛んでよ)
あなたは 僕を僕にしたんだ

あなたが僕に
今の僕を始めさせるんだよ
あなたは僕を僕にしたんだ



韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/30413062

『Begin』
作曲・作詞:Tony Esterly, David Quinones, Rap Monster


*******


今回は、2016年10月にリリースされたBTS/防弾少年団の正規アルバム第2集「WINGS」より、Jung Kookのソロ曲 "Begin" を和訳・考察していきます。

デビューから3年が経ったこの「WINGS」にて、初めて意図的にメンバーのソロ曲を音源としてアルバムに収録した彼らですが、V LIVEにてビハインドエピソードを公開したRap Monster曰く「저희 나름의 참신한 시도(僕たちなりの斬新な試み)」であったとしています。

ちなみに各々のソロ曲が冠している曲名は〈BTS Universe〉で担っているそれぞれのキャラクターとメンバー本人を楽曲の中で関連付ける重要なキーワードとしての役割を担っている、とも説明されています。

1.辛いことがあるとすれば

前述のV LIVEによると、"Begin" においては当初グク自身がひとりで作詞をしようとしていたとのこと。本人自ら言葉を紡ぐのが最も良いのではないか、との目論見でしたが、実際のところは難航してしまい、ナムさんのところに話が回って来たようです。

(10:40あたり~ "Begin" の話題)

自分はジョングクではないのに、ジョングクの話を自分ができるのか?という葛藤があったようですが、生活を共にする家族同然の彼の話に必要以上に脚色するよりは、ジョングクがしていた話をそのまましたいと思った、と語るナムさん。

ナムさんが作詞にあたって思い返したグクの話がどのようなものだったのかは、こう説明されています。

昨年(2015)末か今年(2016)の初めにメンバーだけで集まり、泣いてお互いを慰め合いました。僕たちだけでわだかまりなく話し合い、劇的にわかり合った瞬間がありました。
その時、初めて(ジョングクが)泣きながら本音を話したんです。末弟マンネがそんなに泣くのを初めて見ました。
〈辛いことはあるか〉というのがその時の話題でした。
ジョングクがした話は「辛いことはない」というものでした。
幼いうちに何も知らずに契約し、自分が本当にやりたいことだからダンスも歌も一生懸命やったけど、自分と共に生活して、たくさんのことを助けてくれている兄さんたちが辛いことが一番辛い
その時、みんなが泣きました。悲しすぎるじゃないですか。ジョングクがそんな話をしたことは一度もありませんでした。
(中略)
他のことはわからないけど、兄さんたちが辛くないといいのに。そうすれば自分も辛くないだろう。そんな話をしたんです。
―― V LIVE 「BTS Live : WINGS Behind story by RM」(2016.10.20)より抜粋して和訳

https://weverse.io/bts/live/0-105457236

ナムさんはこの時の記憶を元に、グクになったつもりで歌詞を書いたとのこと。「ある意味本人に対して失礼であるような気もしていた」と不安も抱えていましたが、グクからは「上手く表現してくれた」と言ってもらえてありがたかったと振り返っています。

また、元々海外から受け取った「정확한(的を得た、ドンピシャな)メロディー」を持つこの歌でしたが、「韓国語に翻訳する過程で音節を間違えてはならないんですよ」「言語的な制約があったという話もしておきたかった」と付け加えた上で、"Begin" はジョングクにとって「とても大きな鍵」となったし、「今の防弾少年団の大きな始まりだったんじゃないかと思います」と締めくくっています。

既成概念でものを言うならば、芸能活動をする上で、ましてやアイドルという「人を楽しませる」ことに重きを置く世界において、このような悲壮感に溢れるエピソードが表沙汰になることはマイナスイメージにつながりかねない面もあるのではないか、とも思います。

しかし、デビュー当初から「自分たちの話を自分でする」ことにかなり強くこだわり続けている彼らが、自身の絶望の中にさえ表現の入り口を見出すことを厭わないのは自然なことだと言えるでしょう。

そして "Begin" で歌われることになったこの「自分のために尽くしてくれた人」に対する感情は〈花様年華シリーズ〉に代表される〈BTS Universe〉の登場人物・ジョングクの境遇ともリンクしていきます。

「WINGS」のリリースに合わせて公開されたショートフィルムで、燃え盛る炎を前に「ヒョン」と口にする〈ジョングク〉。

〈BTS Universe〉における "Begin" の位置づけについての秀逸な考察はネット上にたくさん上がっていますので、ここでは歌詞について主に取り上げていこうと思います。


2.一緒に笑ってよ、ヒョン

"Begin" はとてもシンプルなメロディーと歌詞を持つ楽曲であり、多くを語り尽くす饒舌なスピーカーと言うよりも、訥々と言葉少なに紡がれる思いが肩を寄せ合うような構造になっています。

歌詞はまず、グクが自らの来し方を振り返る場面から始まります。

아무것도 없던 열다섯의 나
(何も無かった 15(歳)の僕)
세상은 참 컸어 너무 작은 나
(世界は本当に大きかった 小さすぎる僕)
이제 난 상상할 수도 없어 ※1
(今はもう 僕は想像もできない)
향기가 없던 텅 비어있던 나 나 ※2
(香りが無かった 空っぽだった僕 僕)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/30413062

※1 ~ㄹ/을 수 없다…~することできない(参考
※2 향기가 없던 나…「향기  없는  (香りの無い花)」…外見は優れているが中身が伴っていないことを表す慣用句(善徳女王の逸話が由来)に基づいている。

2011年、数え15歳で事務所に入所したものの自立するにはまだまだ幼過ぎた自分自身を振り返る、グクの自虐にも近い告白。
今となっては想像するのも難しいが、本当に何も持ち合わせずに広い広い世界に飛び込んだちっぽけな自分。

家族同然の関係性を築き上げたメンバーたちからたくさんのことを吸収した少年ジョングクは、青年への成長過渡期にあって歌うこの "Begin" で、現在の自分を作り上げてくれたメンバーたちへの愛と感謝を祈るように捧げます。

I pray
(僕は祈る)

Love you my brother 형들이 있어
(愛してるよ、兄さん 兄さんたちがいて、)
감정이 생겼어 나 내가 됐어
(感情が生まれて 僕は僕になった)
So I'm me
(だから僕は僕であり)
Now I'm me
(今 僕は僕である)

中略

You make me begin ※3
(あなたが僕に始めさせる)
(Smile with me, smile with me)
(僕と一緒に笑ってよ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/30413062

※3 make(使役動詞)+O+動詞の原形(原型不定詞)…Oに~させる(参考

ともすれば大人の言いなりになるしか道がないような、まだまだ年端のいかぬ彼を守り育て、才能に見合った人間性と精神力が備わる人物になれるよう見守り続けてくれた兄たち。
自分はこの世に生まれた時から確かに自分ではあったけれど、まだ何者にもなれていなかった己のことを自信を持って「自分だ」と言えるまでになれたのは、兄たちのお陰に他ならない。
自分に自分を始めさせたのは「あなた」なんです。と、ここまで来れたことに対する感謝の気持ちをまっすぐメンバーに伝えるグク。

「Smile with me」にはLet'sがついていませんので、ニュアンスとしては「笑いましょう」ではなく「笑ってよ」と少し強めの意思が混じっているのだと思います。
後に続く「Cry with me」に至っても同じく、「泣きましょう」よりも「泣いてよ」と。
何故ならこの時、目の前にいる兄は既に「ひとりで何かを抱え込んで泣いている」からです。

참을 수가 없어 ※4
(我慢することもできず)
울고 있는 너
(泣いているあなた)
대신 울고 싶어
(代わりに泣きたい)
할 순 없지만
(できはしないけど)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/30413062

※4 ~ㄹ/을 수 없어…~することできない(参考

溜まった苦痛をこらえきれずに涙を流す兄。
この場面は正に、ナムさんが語っていた「わだかまりなく話し合い、劇的にわかり合った瞬間」の話であると思われます。
辛さを吐露する兄たちがいる一方で、自身に辛いことはないが、辛そうな兄たちを見るのが辛いと打ち明ける末弟。
抱えている苦しみをできることなら「代わってあげたい」、でも叶わない。そんな献身的な想いが投影されています。

죽을 것 같아 형이 슬프면 ※5
(死にそうだ 兄さんが悲しいと)
형이 아프면 내가 아픈 것보다 아파
(兄さんが苦しいと僕が苦しむより苦しい)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/30413062

※5 ~을 것 같다…~しそうだ(参考

程度が甚だしい様子を言い表す際に「죽을 것 같아(死にそう)」という例えを良く使う韓国では、良い意味でも悪い意味でもこの「죽을 것 같아」を使うようです。↓

自分が辛いことよりも、相手が辛いことが辛い。
そう言って憚らない彼は、「笑って」「泣いて」と言う代わりに今度はこう言います。

Brother let's cry, cry 울고 말자 ※6
(兄さん、さあ泣こう 泣いてしまおう)
슬픔은 잘 모르지만 그냥 울래 ※7
(悲しみは良くわからないけれど ありのままに泣くよ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/30413062

※6 ~고 말자→  말다(~してしまう)+(~しよう)
※7 
・그냥…ありのまま(参考
・~(ㄹ/을)래…~するよ(参考

ここで初めてLet'sが入ってきます。
本人の悲しみを完全に理解してあげることは難しいけれど、兄たちを想うこの心をありままに開放して一緒に泣くよ、さあ泣いてしまおう、と精一杯の寄り添い方を試みるジョングク。
理由はただひとつ。今の自分を作ってくれたのは「あなた」だから。

Because, because
(だって、だって)

You made me again ※8
(あなたがあらためて僕を作ったから)
(Fly with me, fly with me)
(僕と一緒に飛んでよ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/30413062

※8 again…あらためて(参考

あなたが「僕」をあらためて今の「僕」に作り上げてくれたから
今の「僕」を作り上げてくれた「あなた」ならきっと大丈夫だから
その一心なのです。

自分にできることはこれぐらいだけど、とにかくどうか「僕と一緒に飛んで」みて。と、ここでもLet'sは無くなるので「~しましょう」というよりは「~してよ」と懇願するようなニュアンスが備わっているのではないかと思います。

苦しみに対峙する本人を目の前にし、外野に居ながらにして「そうだねわかるよ、共に泣こう」と勧誘するのではなく、不器用ながらも相手を最大限に尊重しつつ「全てはわからないけど、とにかく一緒に泣いてよ」と隣で寄り添う。

この人たち無しでは今の自分は始まらなかったと言い切る「全幅の信頼」を原動力としたグクの行動とありったけの愛がここに形を得て、楽曲 "Begin" として防弾少年団の歴史に刻まれた。
そこには同時に、楽曲の源となった「僕たちだけでわだかまりなく話し合い、劇的にわかり合った瞬間」が無ければ今の彼らは始まらなかったかもしれない、という事実も含まれているのではないでしょうか。

様々な「始まり」の瞬間を含み、捉えた楽曲 "Begin"。
この時あらためて始まった彼らの歩みは、その後幾度も立ち止まったり、足踏みしたりしながらも、何度でも前を見据えようと奮起する姿をその度に見せてくれることにより、グループ活動のない2024年の今でも確実に皆で「前進」し続けているのだという実感をARMYに与え続けてくれています。




アイドル、アーティストである前にひとりの人間として現在を生きる彼らには、どうあろうといつであろうと、あらためて「始まり」を迎える価値と権利があるのだと思います。

終わりを手にすることに比べ、「始まり」を掴み取ることはその幾倍もの難しさがあります。また、全てを捨て去ってから始めることよりも、今と地続きの場所であらためて始めることでハードルは更に高くなります。
そういう難易度の極めて高い「始まり」を、彼らはじきに経験することになるのです。

その彼らのあらたな「始まり」の形が、それぞれにおいても、7人にとっても、本人たちの意思のもとにあり続けることを心から望んでいます。




当記事を投稿した9月1日は、ジョングクの誕生日ですね!
정국이 생일 축하해요! 👏

今回も、最後までお付き合いくださりありがとうございました。
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