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Agust D "해금(Haegeum)" 情報からの解放 ~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.090

各々の好みさえ解り合えない
不幸なこの時代を生きてゆく彼らの為に
この歌は禁じられたことを解くだけだね

해금ヘグム(Haegeum)



この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム 多分
これもまた
もうひとつの解禁ヘグム

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム 多分
これもまた
もうひとつの解禁ヘグム

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム 多分
これもまた
もうひとつの解禁ヘグム

解釈は自由
出任せはアウト
表現の自由
もしかすると
誰かの死の理由
それもまた自由なのか
あなたの判断と推測には
確かな信念があるのか
あなたの自由と他人の自由が
同一だとして疑わないのか
さあらば躊躇なくのりこんでみろ
禁じられたことからの解放
各々の好みさえ解り合えない
不幸なこの時代を
生きてゆく彼らの為にこの歌は
禁じられたことを解くだけだね
しかし自由と我儘わがままの差ぐらいは
どうか わきまえますように

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム
もうひとつの解禁ヘグム

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム 多分
これもまた
もうひとつの解禁ヘグム

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム 多分
これもまた
もうひとつの解禁ヘグム

溢れかえる情報は
想像の自由を禁じると同時に
思想の統一性を望む
かなり頭の痛い
様々なノイズは目を覆い
今では思考の自由さえ侵す
様々な非難は判断の混乱を引き起こし
また 休む暇なく生産されるね
果たして
俺たちを禁じたものは何なのか
恐らくは俺たち自身ではないか
資本の奴隷 カネの奴隷
憎悪と偏見 嫌悪の奴隷
YouTubeの奴隷
自己顕示欲の奴隷
利己心と強欲が狂いのさばるね
目を閉じれば楽になる
全てのことが明らかだ
利得によって
あからさまに分かれる見解
妬み嫉みに皆はさ 目がくらむよね
互いが互いに
かせを掛けているのも知らぬまま
情報の津波に
押し流されて落ち行かないように
俺たちは
自由と我儘の差くらいは
全てわきまえているから

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム
もうひとつの解禁ヘグム

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム 多分
これもまた
もうひとつの解禁ヘグム

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム 多分
これもまた
もうひとつの解禁ヘグム

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム 多分
これもまた
もうひとつの解禁ヘグム

この歌は奚琴ヘグム
のりこんでみろよ 今
ごった返すリズム 多分
これもまた
もうひとつの解禁ヘグム


韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6197075
『해금』
作詞:Agust D
作曲:Agust D


*******


今回は、BTSのSUGAがAgust D名義で発表する三枚目の、また、商業的に発表される初のソロアルバムとなる2023年4月リリースの「D-DAY」タイトル曲 "해금ヘグム" を意訳・考察していきます。

前作「D-2」の "대취타デチィタ(Daechwita)" を作業した時点でこの "해금ヘグム" もすでにビートとサビの全部、MVのシナリオコンテのある程度が制作済であったことがリリース時の配信で明かされています。↓

暗く重たいビートが特徴的な「ドリルミュージック」に挑戦してみたかったとしつつ、それに歌詞を乗せることの難しさを感じながら作業したことを振り返っています。

また、当初から "대취타デチィタ" の延長線上にある「見る音楽」であることを意識し、MVを撮るために作った楽曲であると言っても過言ではないというスタンスで制作が行われた楽曲でもあるとのこと。

〈一人二役〉のMVは、"대취타デチィタ" MVとのいくつかの共通項を持ちつつも、全く新たな展開を持つ魅力的なムービーに仕上がっています。


1.「ヘグム」とは

楽曲タイトルのハングル表記「해금ヘグム」には、朝鮮の伝統楽器「奚琴けいきん/ヘグム」と「解禁」のふたつの意味が存在し、ダブルミーニングとなっています。


■「楽器」としてのヘグム

国楽器による多彩で斬新な表現を好むという彼がこれまで積んできた研鑽が、"대취타デチィタ" から繋がる "해금ヘグム" の楽曲世界には存分に込められています。

・楽器「奚琴ヘグム」について↓

ドキュメンタリー「SUGA: Road to D-DAY」のために撮り降ろされた 「'해금 (Haegeum)' Live Clip」↓ではバンドの中にはヘグム奏者の方がいらっしゃいますが、音源の制作で使用されたのは国楽のソフトウエア(いわゆる打ち込み)であることがインタビューの中で言及されています


■「解禁」としてのヘグム

タイトルにもある「解禁」は歌詞の中でも重要なキーワードとなっていますが、真のテーマはその先にある「自由」の方であるのではないかと思います。

해석들은 자유
(解釈は自由)
개소리는 아웃
(デタラメはアウト)
표현들의 자유
(表現の自由)
어쩌면 누군가의 죽음 사유
(もしかしたら 誰かの死の事由)
그것 또한 자유일런지
(それもまた自由なのか)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6197075

抑圧から自由へと向かう道のりには、必ず解放の瞬間が訪れるもの。
禁止されている理由次第では、決して解放してはならないものもあるでしょう。その線引きは、確かなようで実は曖昧です。なぜならば、10人いれば10通り、100人いれば100通りの線の引き方が存在するのですから。

カタルシスを感じるか、感じないかは千差万別。解禁さえすれば皆が喜ぶというものではない。その先にある「自由」に対して、お前は責任がとれるのか?

…そんな声が聞こえてくるようです。


2.自由とわがままの区別

"해금ヘグム" のテーマは「自由」であるのではないかと書きましたが、今回歌詞の中で主に問われている「自由」は〈意思の赴くまま〉の意ではなく〈やりたい放題〉の意であると言えると思います。よく言えば自由奔放、悪く言えば身勝手。

これまでも散々、そういった「自由を履き違えた者たち」に対して攻撃的な言葉を敢えて使い怒りを顕わにしてきたAgust D。

입만 산 새끼들 당장 놈의 목을 쳐
(口だけが立つ野郎共 この場で奴の首を切れ)
―― "대취타デチィタ"

https://music.bugs.co.kr/track/6195268

"해금ヘグム" ではどうかというと、同様のテーマを扱いつつもより一層卓越した見解をかなり冷静に唱えています。(EXPLICITマークがついてないことからもその違いがわかります。)

人間は文明の力を手に入れ、匿名性の高い世界で言いたいことを簡単に言えるようになり、「表現の自由」の幅をどんどん広げていきました。
それまでは知る術もなかった遠く離れた赤の他人の行動、意見、姿かたちまでもが手に取るようにわかるようになり、一個人でしかない自分のことをたくさんの人に知ってもらうことができるようにもなりました。

今、表現の「自由」の名のもとに様々な意見が広い広い世界に向けてとめどなく発信され続けています。
そこには、その世界の広大さを良く理解できていない者たちによる浅はかな発言が含まれていることも確かです。
自分が正しい(=自分以外も皆同じ意見を持っている)と信じて疑わない者同士が、己の正義が最も正しいことを相手にわからせるために論争を繰り広げることなど、日常茶飯事です。
残念ながら、世界の広さを自覚しながら自分の意見を述べることができている人はそう多くない上に、自覚できていない人はそんな自分の現状にすら気付いていません。

一方、知らない誰かの正解になれなかったというだけで、自分が過ちを犯していると錯覚してしまう人もいる。「誰かの死の理由」にもなり兼ねない言葉が今も、どこかで、書きなぐられている。

楽曲 "해금ヘグム" は、そんな「互いの好みさえわかり合えない不幸なこの時代を生きる」者たちのために「解禁」をもたらす歌だとしています。

この「解禁」とは果たして何を解き放とうとしているのか。

その問いの答えを探る前にまず理解しておかなければならないこと。それが、〈意思の赴くまま〉と〈やりたい放題〉の違いなのではないでしょうか。

허나 자유와 방종의 차이쯤은 부디 구분하길
(しかし 自由と放縦ほうしょうの差異ぐらいはどうか区分しますように)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6197075
  • 허나…古い言い回しで「しかし」(参考

  • 방종…放縦ほうしょう=気ままなこと。わがままなこと。(参考)

  • 부디…どうか、くれぐれも、何卒(参考

  • ~길 (바라다)…~しますように(参考

「確かな信念の元にある判断と推測」を駆使して行動を選び取ることこそが本当の「自由」であり、身勝手な行いを出まかせで通そうとするのは「自由」ではなくただの「放縦(我がまま)」である。その差を理解せよ、と。

自分の価値観や趣味趣向から外れているからといってそれだけの理由で一方的に誰かをバカにしたり蔑んだり、逆に自分が好きなことだからと言ってルールを見て見ぬふりするのはただの〈やりたい放題〉、あなたの我がままなのだよ、どうか気付いてねと諭しているのだと思います。

確かな信念の元にある判断と推測。つまりは経験を活かした〈想像力〉の質の問題なのだと思います。
自分の欲求が満たされ「解放」された後に、一体何が残るのか。
その先にある「自由」に対してどれだけの責任が持てるのか。


3.奴隷が解放される時

そもそも「解禁」の時を迎えるためには、前提として何かしらの〈しがらみ〉の存在が必要になります。楽曲の後半では、この〈しがらみ〉についての言及がなされています。

쏟아지는 정보들은
(溢れる情報は)
상상의 자유들을 금지시킴과 동시에
(想像の自由を禁止すると同時に)
사상의 통일성을 원해
(思想の統一性を望む)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6197075

紙や物理媒体、人の頭の中にのみ存在し得ていた情報は、インターネットの世界に「解放」さたれたことで人の目に触れる機会が爆発的に増えました。
ネットのない世界を知っている者としては、知識欲を満たすためにしていたあれだけの苦労がほぼゼロに近くなったことに感謝をする場面も多いです。

でも、何でもかんでもその場にいながら数タップ以内で答えが見つかってしまうのも味気ないと言えば味気ないし、気が付くと自分以外の人がみんなそのことを知っていて、答えを知らないこと自体が悪のように言われてしまうことも増えたような気がします。

想像の自由が禁止される」状態とは、情報が身近に溢れかえり過ぎていて、想像する時間や心の余裕が奪われていることを指しているのだと思います。それが人の〈想像力〉の質が落ちてしまう理由のひとつなのかもしれません。

また、情報に対する人々の反応が数字によって可視化されることでその情報が周囲に受け入れられているか否かが一目瞭然となり、

〈多数派〉or〈少数派〉

自分はそのどちら側なのかを見極めることが、情報を得ることの最も重要な目的となってしまったように思います。

多数派だから正しい/少数派だからあやしい、という心理が働いて気付けばみんな無難な多数派になびいてしまう。本来自問自答を繰り返し、経験を重ねた上で下されるはずの個々の判断も、「○○さんが○○と言っていたから」「みんなが○○と言っているから」という安易な理由でなされてしまう。

「溢れる情報が思想の統一性を望む」のくだりは、他人の意見が見えすぎて本心を主張することよりも周囲との同調を優先させてしまうことを指しているのではないかと思います。

情報を得やすくなって便利になった、不自由が解決されたと錯覚している私たちは、実はその溢れかえる情報によって想像と思想の自由を奪われているのです。

情報によって「自由を奪われた身」のメタファーとして「奴隷」という言葉が歌詞には登場しますが、これが全て言い得て妙です。

자본의 노예 돈들의 노예
(資本の奴隷 カネの奴隷)
증오심과 편견 혐오의 노예
(憎悪と偏見 嫌悪の奴隷)
유튜브의 노예 플렉스의 노예
(YouTubeの奴隷 Flexの奴隷)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6197075
  • Flex…「見せつける」の意のスラング(参考
    意訳では「自己顕示欲の奴隷」としました。
    買ったもの、食べたもの、行った場所など、自分が手に入れたものを誰かに見てもらわずにはいられない、Likeを貰わずにはいられない人。

遥か昔から、匿名性の高い環境においては対面で言えないことをさらけ出しがちなのが人というもの。そもそも知らなくても良かったことを知ってしまったことによって、抱かなくても良かった劣等感、嫌悪感や偏見を増幅させてしまった「情報の奴隷」たちは、名もなき刺客よろしくその言葉の刃をピンポイントで対象につきつけます。

「눈 감으면 편해(目を閉じれば楽になる)」とは、溢れる情報から一歩引いて、知らなくてもいいことを知らずにいれば傷つけなくていい人を傷つけずにすむ、心穏やかに過ごすことができる、という「解放」への糸口を示しているのだと思います。

楽曲 "해금ヘグム" が「解禁」しようとしているものは、あふれかえる情報によって荒んでしまった人の心なのではないでしょうか。

"해금ヘグム" の歌詞には複数であることを意味する「名詞+들」が多用されています。
해석들(解釈)、표현들(表現)、신념들(信念)、이해들(理解)、정보들(情報)、자유들(自由)、논란들(論難)、판단들(判断)、혼란들(混乱)…

人の数の分だけ存在する、それぞれの解釈、表現、信念etc…。
他人は自分ではないのだから、他人と自分が違うのは当たり前。でも、余りにも「知ってる他人」が多すぎると、人と違うことが不安になってきてしまう。

そんな時は情報をシャットアウトし、自分に集中して、好きな音楽でも聴いて楽になりましょう。あ、そんな時に聴きたいおススメの曲があるんですよ。

"解禁ヘグム"、っていうんですけどね…。




今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
🍜