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BTS "Born Singer" デビューの記憶 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.024

一瞬ごとに自分にダメ出しをするよ
初心を忘れないように
いつも自分らしく
最初の自分に恥じないように
だから俺たちは
進む 進む 進むんだ
もっと上へ 上へ 上へ

Born Singer



俺は生まれながらのシンガー
少し遅れてしまった告白 俺は誓う
いつも遠ざかるばかりだった
蜃気楼が目の前にある ここにある
俺は生まれながらのシンガー
もしかすると急いた告白
それでもとても幸せだ 俺は大丈夫


生まれて初めて
防弾という名前で立った舞台
三年前の初舞台の気持ちをまた噛み締める
相変わらず大邱の田舎者ラッパーと
何も違ってなかったよな? でも
アマチュアという単語の上に
プロという単語を上書きした
あれ程望んでいた舞台
ラップをして踊る時
未だに生きている事を感じる
疲労困憊の出退勤なんか
我慢する価値がある
俺の大切な人たちが見守ってるから
身体が痛くても耐える価値がある
喊声かんせいが押し寄せるから
それらがデビューする前と後の違い
アイドルとラッパーの間の境界に生きても
相変わらず俺のノートには
ライムが溢れている
控室とステージの間では
ペンを取り歌詞を書く

こんな俺だが
お前らの目には何か変わって映るか?
畜生 黙ってろ
俺は相変わらずだ
俺が変わったって?
そんな事言ってる奴らに行って伝えるよ
変わることのない本質を守っているのさ
俺はまだラッパー
三年前とたがわないラップをし、歌うよ


俺は生まれながらのシンガー
少し遅れてしまった告白 俺は誓う
いつも遠ざかるばかりだった
蜃気楼が目の前にある ここにある
俺は生まれながらのシンガー
もしかすると急いた告白
それでもとても幸せだ 俺は大丈夫



正直怖かった
大口を叩いておいたけれど
自分を証明するつもりが
ペンと本だけ知ってた俺が今
世界を驚かせるつもりが どうなってんだ
世界の期待値と
余りにもつり合わなくなりそうで怖かった
俺を信じてくれた全ての人たちを
裏切るようになりそうで
重たい肩を伸ばし
初舞台に上がるよ

刹那の短い静寂
息を整えて

俺が見守っていた人たちが
今では俺を見守っているね
いつも見上げてたTVの中の彼らが
今は俺の下に
走馬灯のように通り過ぎる暇もない
一度きりのショーは始まってしまったよ

たった三分で蒸発した俺の三年分の血汗
血ほとばしるマイクとの気迫戦
数十秒だけだったけれど
確かに残らずぶちまけた 俺はマジで本物だ
おい、お前の夢はなんだ?
俺はラップスターになるつもりだ わかったか?
そして舞台を降りてきた瞬間沸き上がった喊声
その時、心が通じた
疑問符代わりの微笑みだけで
何も言わずにただ俺の肩を叩いてくれた仲間たち
まるで数日前のようなのに
二十日が経ってしまったよ
そしてアンチが俺に憎しみを向ける
それが奴等が常日頃犯している仕業
お前らがキーボードを弄ぶ間に
俺は、俺の夢を叶えたのさ
サングラス ヘアスタイル
何故悪態をつくのか分かる
いずれにせよ
二十歳にしてお前よりイケてる俺さ ハハ


俺は生まれながらのシンガー
少し遅れてしまった告白 俺は誓う
いつも遠ざかるばかりだった
蜃気楼が目の前にある ここにある
俺は生まれながらのシンガー
もしかすると急いた告白
それでもとても幸せだ 俺は大丈夫



俺たちが走ってきた日
俺たちが共に経験してきた日
三年という時間
全てがひとつになった心
そうして流した血汗が俺を濡らすね
ステージが終わった後 涙が滲むね
一瞬ごとに 自分に誓いを立てるよ
初心を忘れないように
いつも自分らしく
最初の自分に恥じないように
だから俺たちは
進む 進む 進むんだ
もっと上へ 上へ 上へ


防弾少年団


俺は生まれながらのシンガー
少し遅れてしまった告白 俺は誓う
いつも遠ざかるばかりだった
蜃気楼が目の前にある ここにある
俺は生まれながらのシンガー
もしかすると急いた告白
それでもとても幸せだ 俺は大丈夫


韓国語歌詞はこちら↓
https://btsblog.ibighit.com/m/132

『Born Singer』
原曲:J.Cole 『Born Sinner』
作詞:Rap Monster, SUGA, j-hope


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今回は、2013年7月12日にSound Cloudにて公開された防弾少年団 "Born Singer" を意訳してみました。
この年の6月13日にデビューした彼らにとって1ヶ月目の記念となるタイミングで発表されたこの曲は、米国のアーティストJ.Coleの楽曲 "Born Sinner" のセミカバー曲になります。


1. デビュー直後の貴重な記録

ユンギによる当時の楽曲公開告知がこちら。

一方、写真集Diconのインタビュー記事には、デビュー直後のメンバーの心境や壮絶な状況が訥々と語られています。掲載文の抜粋をこちらで読むことができます。

また、Born Singerの発表と同時期に公開されたインタビュー記事もWEB上に残っており、当時の心境や状況をうかがい知る貴重な手立てとなっています。

楽曲発表から4年半が経ったARMYさんたちの前で披露された2017年12月、 "2017 BTS TRILOGY EPISODE Ⅲ THE WINGS TOUR THE FINAL" の初日(2017/12/08)のエンディングメントにて、ナムさんが制作の経緯に触れていたようです。

残念ながら公式映像は3日目(12/10)のものしか残っていませんでしたが、初日のコメント内容をテキストで詳しく記録して下さっていた記事がこちらにありました。

この記事によると、

(前略)Born Singerを初めて作った時が思い出されますが、デビューしてひと月足らずでちょっと整理する歌を作ろうとPDさんが話をされて、どうしようかと思っていたところ、Born Sinnerというとても良い歌を選んで作ることになったのですが…(後略)

とあります。
Born Singerの制作はパンPDの発案だったようです。己の中から出てくるものにのみ宿る絶大な説得力のチカラを信じるパンPDならではの直感が、この時働いたのかもしれません。今、この時の彼らの感情を、現実を、楽曲で残しておかなくてはならないという使命のようなものを感じたのではないでしょうか。


2.それぞれのリアル

パンPDの発案の元、デビュー直後の気持ちを整理する目的で制作されたこの楽曲には、当時の心境だけでなく、そこに至るまでの歴史と初舞台当日の詳細な実況、そして彼らのデビューによって動いた世上の様子までが克明に記されています。さながらドキュメンタリー映画を観ているかのようです。

ここで、ラップラインそれぞれが自身のライムに込めた「現実」を追ってみます。

■SUGAのリアル
大邱時代から音楽活動を始めていたユンギは、バンタン名義でプロとしての初舞台を迎えるにあたり、更に3年遡ってアマチュア時代に自身が踏んだ初めての舞台を思い返しています。やっとのことでこぎつけたプロとしての初舞台での自身の様子を「相変わらず田舎者」と表現しながらも、そこにプロとして活動できている自負を「上書き」しています。

そして「ラップをして踊る時 まだ生きていると感じる」という一節の「まだ」には、彼がそれまで歩んできた道がどんなものであったかが集約されていると言えるでしょう。途切れかけた生きる事への執着がここでしっかりと繋ぎ留められている事がわかります。絶望する程焦がれていた音楽の道を今確かに歩み始めているという喜びがあるから、見守ってくれる「내 사람들(=ARMY おそらくこの歌詞を書いている時点ではARMYという名前がまだ決まるか決まらないかの頃だと思います)」がいるから、どんなに辛くて痛くて疲れていても耐える価値があるのだと実感し、それがデビューしてから変わった事であるとしています。

一方、アマチュア時代の「3年前」から自分のラッパーとしてのスタンスは何も変わっていないとも主張しています。これは、防弾少年団がデビュー準備段階でコンセプトをアイドル路線に転換したことを受けてもBigHitを離れなかったユンギが魂を売ってしまったと誤解している、かつて共にヒップホップで成功することを夢見た者たちへ向けた言葉であると思われます。

■Rap Monsterのリアル
正直怖かった、と、本当に正直に語り始めるラップモンスター。初舞台を踏むまでの不安を包み隠さず明かしています。
秀逸なのは、その多くの不安を抱えて迎えた初舞台に上がったその瞬間から曲の披露を終えてステージを降りたその時までの克明な描写です。

「刹那の短い静寂、息を整えて」という表現からは、曲が始まるその瞬間を迎えた彼の気持ちが手に取るようにわかりますし、会場が水を打ったように静まり返る緊張感でさえ伝わってきます。

そうしてじっくり見渡す余裕もなく「始まってしまった」一生に「一度だけの(初)舞台」で、練習生として心血を注いだ3年という長い時間が曲を披露するたった3分の間に「蒸発した」と表現されています。この一節は、プロがひとつのステージの成功の為に尽くすたくさんの努力と、その結果との関係を見事に言い得ていると思います。

そして舞台を降りた瞬間の彼の気持ちは、言葉は無くても微笑んで肩を叩いて労ってくれるメンバーには通じていました。

また、初舞台が大興奮のうちに無事終わった後にアンチによる言葉の攻撃があった事についても触れています。

自分もたまにそうなので自覚があるのですが、なぜ人間の感情は負の方向に向くと瞬発力も攻撃力も増すのでしょう…不平不満、批判や否定を伝えようとする時の人の行動力って呆れる程迅速にして鋭利。

万人に好かれる存在なんてこの世には存在しない。

それを冷静に理解した上で尚我が道を歩んで行く強さが、この歌詞には散りばめられています。

■J-HOPEのリアル
確かな実力を持ちながらも現状に満足せず、地道な努力を熱心に続けているであろう事が嫌味でなくありありとわかるタイプのホビ。練習生時代に離脱の危機に陥った経験もひとつの理由かもしれませんが、あれだけのスキル、あれだけのポテンシャルを彼が保ち続けていられるのは、持ち前の精神力と謙虚な心構えがあってこそなのだということを証明する「リアル」がこの歌詞の中にあります。

매순간마다 자신에게 다짐해
(毎瞬間ごとに自分にダメ出しをするよ) 
초심을 잃지 않게
(初心を忘れないように) 
항상 나답게,
(いつも自分らしく) 
처음의 나에게 부끄럽지 않게
(最初の自分に恥じないように)

「自分に厳しく」「初心忘るべからず」とは日本でも長らく言われ続けている耳馴染みのある表現ですが、実際に実践するには相当の覚悟が必要です。
デビューのその日から今年6月で丸9年。彼の自己研鑽の日々は今も、そしてこれから先も続いていくのだろうと想像するに難くありません。


3.現在地を見失わない力

Born Singerがライブで披露されたのは前述の「WINGS TOUR FINAL」と2015年の「Begins」のみ。歌詞の内容や選んだ言葉から察しても、積極的に何度も歌い広めるものであるかと言われれば確かにそうではないのかもしれません。だからこそ歌うタイミング、歌う場に拘っているのだと思います。

「WINGS TOUR FINAL」の公演を伝える当時の記事の中に、Born Singerを含めた数曲においてナムさんが一部の歌詞を意図的に変えて歌唱した事が記されています。

以下、Born Singerについての記載箇所の抜粋です。

“어쨌든 스물다섯에 너보다 잘나가는 나야, 선글라스 Hairstyle 왜 욕했는지 알아, 나는 내가 될 거야 (Born Singer-어쨌든 스무 살에 너보다 잘나가는 나야, 선글라스 Hairstyle 왜 욕하는지 알아, 나는 랩 스타가 될 거야)”

引用元:https://cm.asiae.co.kr/article/2017121114183197100

整理すると以下のようになります。

어쨌든 스무 살에 너보다 잘나가는 나야
(いずれにせよ二十歳でお前よりイケてる俺さ)

어쨌든 스물다섯에 너보다 잘나가는 나야
(いずれにせよ二十五歳でお前よりイケてる俺さ)

선글라스 Hairstyle 왜 욕하는지 알아
(サングラス、ヘアスタイル 何故悪口を言うのかわかる)

선글라스 Hairstyle 왜 욕했는지 알아
(サングラス、ヘアスタイル 何故悪口を言ったのかわかる)

나는 랩 스타가 될 거야
(俺はラップスターになるつもりだ)
나는 내가 될 거야
(俺はになるつもりだ)

記者会見でナムさんはこれらの歌詞変更の理由を “‘Born Singer’는 데뷔를 했을 때 쓴 곡이라 현재 시점에서 진정성을 담기 위해 바꿨다”
(「Born Singer」はデビューをした時に書いた曲なので、現時点での真正性を込める為に変えた) と明かしたとのこと。記事中には含まれていませんが、公式のライブ映像を確認すると以下の通りもう一つ変更点がありました。

꼭 엊그제같은데 스무 밤이 흘러버렸어
(まるで数日前のようなのに二十日が経ってしまったよ)

꼭 엊그제같은데 오년이 흘러버렸어
(まるで数日前のようなのに五年が経ってしまったよ)

ナムさんは「今現在の自分がどこに立っているのかを見失わない力」に非常に長けているのだと思います。過去の事を過去とする時、見えない場所にただしまい込むのではなく、確実に大切に積み上げてその上に立てる人なのかと。

人間は万能ではないし、万人に好かれるものでもない。欠点も天敵も存在するからこそ、変化し続けてより良い景色を求め続ける。そういう彼の姿勢を私は心から尊敬します。


4.蜃気楼のかたち

ボーカルラインが歌うサビの歌詞には、若干謎めいた言い回しが並びます。

I'm a born singer(俺は生まれながらのシンガー)
좀 늦어버린 고백(少し遅れてしまった告白)

어쩌면 이른 고백(もしかすると早い告白)

何故「生まれながらの歌い手」であると「告白」することが「遅れてしまった」のか、あるいは「早まった」のか。

언제나 멀기만 했었던(いつも遠ざかるばかりだった)
신기루가 눈 앞에 있어(蜃気楼が目の前にある)

「蜃気楼」というフレーズは、バンタンの他の楽曲にも登場します。
「海」、そして「砂漠」と共に、彼らの練習生時代から活動開始初期の頃の様子が表現される場面で主に用いられています。

「蜃気楼」が指しているのは、デビューを果たしたあかつきにのみ見る事が出来るステージからの景色だと思われます。
楽曲『바다(Sea)』の中では「(練習生時代において)蜃気楼の形は見えるが捕まえられていない」「(デビューが決まって)蜃気楼は捕まり現実になった」と表現されています。

練習生として過ごしたデビューまでの3年を仮に長いとするならば、自身に歌手の素質がある(生粋のシンガーである)と宣言するには時間が掛かり過ぎたとも言えるでしょう。自分程の才能がありながらデビューが「遅れてしまった」という現状をサビの前半は表しているのではないでしょうか。

一方、無事にデビューを迎えたとはいえど、本当に自分の歌にはそれだけの力があるのか?周りは認めてくれるのか?もしかしたらまだ練習生としての時間が足りないのでは?という不安を感じて「早まった」としているのがサビの後半なのではないかと思います。

그래도 너무 행복해 I'm good
(それでもとても幸せだ 俺は大丈夫)

それでも、念願のデビューを果たしたことで得られた喜びは何にも代えがたく幸せだ。自分の実力、才能があればきっと大丈夫。と言い聞かせているように思えます。

そしてI swear(俺は誓う)という宣言は、Born Singer(生まれながらのシンガー)として一生を音楽に捧げる覚悟を示しているのだと思います。

Born Singerは、念願のデビューを叶えた彼らの身辺の記録であり、信条の宣言であり、今後の活動に対する覚悟を明文化した記念碑的楽曲であることに間違いありません。

情緒的なメロディー自体が非常に求心力のある楽曲ですが、そこにこれだけの意味を載せて覚悟をもって歌い上げる彼らの心根に耳を傾けると、更に特別な歌として響いてくるのではないかと思います。


最後まで読んで下さりありがとうございました。


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