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BTS "낙원(Paradise)" 夢がなくても大丈夫 ~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.037

休んでも大丈夫
何の理由もないまま走る必要はないよ
夢がなくても大丈夫
束の間の幸せを感じる瞬間があるなら

낙원(Paradise)


マラソン マラソン
人生は長い
のんびりやれよ
42.195
その 最果てには
夢の楽園が広がる

だけど 現実は約束とは違う
僕らは 走らなければ
従わなければならない 合図があれば
目的地もない 楽しむ景色もない 君
息のかたまりが喉元まで込み上げる時
君はやるべきことは するべきことは

休んでも大丈夫
何の理由もないまま走る必要はないよ
夢がなくても大丈夫
束の間の幸せを感じる瞬間があるなら
休んでも大丈夫
まだ目標もないまま走らないで
夢がなくても大丈夫
君が吐き出す全ての呼吸は既に楽園に

僕らは夢を他人から借りる
(借金みたいに)
偉大にならなければならないんだ
学ぶよ(光のように)
君の夢は実はお荷物
未来だけが夢であると言うのなら
僕が昨夜ベッドで見たものは何?
夢の名前が違っても大丈夫
来月ノートパソコンを買うこと
それとも ただ食べて寝ること
何もやらずにお金が増えること
夢が 何か大層なことだと
ただ 何者かになれと人は言う
僕らには命に見合う価値がある
何が大きかろうと小さかろうと
ただ 君は君だろ?

だけど 現実は約束とは違う
僕らは 走らなければ
従わなければならない 合図があれば
目的地もない 楽しむ景色もない 君
息が喉元まで込み上げる時
君がやるべきことは するべきことは

休んでも大丈夫
何の理由もないまま走る必要はないよ
夢がなくても大丈夫
束の間の幸せを感じる瞬間があるなら
休んでも大丈夫
まだ目標もないまま走らないで
夢がなくても大丈夫
君が吐き出す全ての呼吸は既に楽園に

僕には夢が無い
夢を見ることが時には恐ろしいね
ただ こうして生きていくことが
生き残ることが
それが 僕には細やかな夢なのに
夢を見ることが 夢を掴むことが
息をすることが 時には難しいね
誰かはこうして 誰かはああして
生きてるらしい
世間は僕に憎まれ口を浴びせるよ

世間はとやかく言う資格がないよ
夢を見る方法がどんなものなのか
教えてくれたこともないのだから
捻り出した夢のせいで 涙の寝言
悪夢から目覚めるよ 君のために
もう毎日笑ってみよう
あの楽園で

休んでも大丈夫
まだ目標もないまま走らないで
夢がなくても大丈夫
君が吐き出す全ての呼吸は既に楽園に

無闇に走るのはやめろよ
さあ 愚かなレースを終わらせて
無闇に走るのはやめろよ
君が吐き出す全ての呼吸は既に楽園に
無闇に走るのはやめろよ
借り物の夢なんか全部無くていい
無闇に走るのはやめろよ
君を創る全ての言葉は既に楽園に


韓国語歌詞はこちら↓
https://m.bugs.co.kr/track/31078331

『낙원(Paradise)』
作曲・作詞:TYLER ACORD , Uzoechi Emenike , RM , 송재경 , SUGA , j-hope


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今回は2018年5月にリリースされたフルアルバム第3集「LOVE YOURSELF 轉 'Tear'」に収録されている "낙원(Paradise)" を意訳しました。



1.擦り切れた言葉たち

静寂の中響き渡るフィンガースナップをバックに「マラソン、マラソン」とグクの声が響き始めるこの楽曲の印象的な歌い出しを、「僕が(歌詞を)書きました」と、V LIVEに上がっているビハインドトークの中でナムさんが明かしています。(22:37~)

また、動画で「ほとんどのパートを」作詞したと名前が挙がっている韓国のバンド「9와 숫자들9と数字たち」 の송재경ソン ジェギョン氏が、この楽曲の作詞に参加した際のインタビュー記事が残っています。

"낙원" で取り上げられている大きなテーマは「夢」です。
ところが、よくありがちな「夢を持とう、夢に向かって進もう」という感じの歌詞では全くもってありません。

「夢」と言う言葉は、「愛」や「恋」などと共に「擦り切れた言葉」である、と、ナムさんは前出の動画中で語っています。

これまで人々によって何度となく使い回される中で「違う意味が加わる」ことがあったり、「色や情緒が加わること」もあったとこれらの言葉たちを分析し「擦り切れた言葉」であると表現した上で、「取り出す度に常に美しくなければならない」という先入観や固定観念により「聖域化」されてもいるとしています。

「夢」という単語に刷り込まれた「見るべきもの」「持つべきもの」という概念を清算し、敢えて夢の「不在」について肯定をすることで人間の意思や感情の本質に目を向けようとしているのが、この "낙원" の歌詞なのではないかと思います。

ナムさんの「言葉」に対する持論にはいつもハッとさせられます。自分がどれだけ慣れと上っ面だけで言葉を使ってきたのか、その浅はかさを思い知らされます。

元々、人間の感情には初めから言語がついていた訳ではありませんし、同じホモ・サピエンスでも異なる言語が多数存在するが故に、当初は意思の疎通に対して相当の努力が必要だったはずです。現代を生きる私たちは、そんな生みの苦しみどころか言語圏が異なる者同士のやりとりにおける困難ですら「翻訳」をすることで知らずに生きています。

しかし世界に伝わる喜びをもたらしたはずの「言葉」は、いつしか武器や鎧になり、檻になり、仮面になり…「言わなきゃよかった」「言い方を間違えた」「嘘を言っておけば済む」など、言葉が犯してきた罪や過ち、後悔を数えたらきりがありません。

「夢」に限らず、普段何気なく使っている言葉たちが「背負わされている」かもしれない荷の重みについて、だいぶ考えさせられました。


※ちなみに、前出動画で名前が出た作曲参加のMNEKに関するインタビュー記事はこちら↓


2.夢がなくても大丈夫

この "낙원" という曲は、ユンギの発言を膨らませて作られた曲であることがアルバムの紹介文に明記されています。

5. 낙원
슈가가 팬들에게 신년인사로 전한 “꿈이 없어도 괜찮습니다”라는 말을 확장해 만든 곡이다.
(SUGAがファンたちに新年のあいさつで伝えた「夢が無くても大丈夫です」という言葉を拡張して作った曲です。)
Bugs! LOVE YOURSELF 轉 'Tear' アルバム紹介より

この新年の挨拶とは、2018年元旦に公開された次の動画のことです。

公式動画には日本語訳がついていないので、聞き取って訳してみました。

この動画でユンギは「(2018年は)更にすごく良い年になっていきますよ。僕ではなく、みなさんがです。やろうとしていることを全部なさって、夢を全部叶えて…」と言った後、こんな風に続けています。

꿈 없으신 분도 괜찮습니다
(夢がない方も大丈夫です)
못 꾸고 뭐 없으실 수 있어요
(夢が見られなくて何もないこともありますよ)
행복하지면 됩니다
(幸せになるならよいのです)
―YouTube [BANGTAN BOMB] Happy new year 2018! SUGAコメントより
※私が聴き取った内容と実際のコメントには相違がある可能性大です。ご了承ください。

ユンギの「夢」に対する考え方は、この動画より約2年前にリリースされているAgust D名義の楽曲 "So Far Away" にて既に土台が出来上がっています。

激しい受験戦争や財閥系企業への就職活動により、条件の良い進学先・就職先に所属することが「夢」なのだと錯覚してしまった10代・20代が「明らかな夢がないことが最も大きな悩み」とこぼす現状を危惧し、彼らのリアルな声を歌詞にした曲が "So Far Away" です。

 "낙원" の歌詞を理解する上で "So Far Away" に凝縮されている「彼ら」の声に耳を傾けることは必須であると私は考えます。

「夢が無くても幸せなら大丈夫」

この言葉から生まれたこの "낙원" という楽曲は、決して楽観的な人生観を伝えようとしている歌ではありません。学校や世間から半ば強制的に進路志望という名の夢を「借金のように(빚처럼)」負わされた者たちに、長い長いマラソンのような人生を生き抜くために必要なこととは何なのかを考えるきっかけをもたらそうとしているのではないかと思います。

疲れた時には休んでいい。
目的が定まっていないのに周りに流されて走り出さなくていい。
自分の中にあるもの(呼吸)が、ゴール(楽園)に導いてくれるから。
生き続けてさえいれば、その終わりが自ずと目指すものになる

…こんな素敵な応援の仕方ができる大人になりたいと心底思いました。


3.夢は変わり続けるもの

「他人から夢を借金のように借りる」という表現は、「早く自立した社会人にならなければならない」という、大人世代が無意識のうちに子どもたちにかけているプレッシャーを問題として掬い上げようとしているのではないかと思います。
このプレッシャーは、最初の見出しで取り上げた「夢」という言葉が帯びている「見るべき・持つべき」という固定観念が人々にもたらしているものと重なります。

自立するためには社会の一員である「何者」かにならなければならない。「何者」かになるためには、具体的で建設的な努力をして「夢」に向かって最短・最速でたどり着かなくてはならない。
そういった「一度決めたら達成するまで後戻りできない感」があるのが、少なくとも韓国や日本の現実ではないかと感じます。
まるで「一度借りた金は耳を揃えて(何なら色を付けて)返さなくてはならない」のと同じレベルで。

そんな世知辛い状況に対して、ユンギは雑誌GQのインタビューでこう答えています。

60代や70代の人も夢をもっているかもしれませんが、社会はとくに若い人たちに残酷だと思うことがよくあります。ある道に進み、その通りにならなければ、まるで失敗したかのように言われるじゃないですか。でも、生きてみるとそうではないんですよ、人生は。若い人たちには、あまり自分を責めないでほしいですね。それはあなたのせいではないから。
BTS SUGA「夢は変わり続けるものです」──世界を魅了する7人が語る「いまの僕」GQ JAPAN 2022年3月 より

韓国語版インタビュー記事↓

日本語版インタビュー記事↓

この記事には他にも「夢は変わり続けるもの」「夢の大きさを他人と比較する必要はない」などの彼の言葉が並んでいます。

進路選択の件に限らず人は目の前に有るものに最も影響を受けやすく、ましてや成長過程にある若い世代が、家族と学校以外の世界を常に積極的に取り込むことができるとは限りません。

身を粉にする思いでやっと手にした「席」について、いざ周りを見渡した時、自分が生きてきた世界の形がいかに奇妙であったかを初めて知るのです。そして、自分と同じ形をしているものだと思い込んでいた周りの世界が、比較すること自体無意味な程にそれぞれの形をしていることも。

ゴールだと思っていたその席がただの通過点でしかないことに気付いた時、新たな夢をもったり、逆に夢を失ったりもします。真のゴールである「楽園(人生の終着点)」を目指してどんな走り方をするかは本人次第。夢が無くても生きている限り「楽園」への道は途切れることは決して無いのです。

だからこそ、どんなに小さく、どんなに身近な夢であっても意味があるのです。
それが例えば「来月ノートPCを買うこと」でも、「ただ食べて寝ること」でも。
全てが道を彩る景色の一部であり、進む方向を変更したり、行き先を決定したりするための道しるべになるのですから。


この "낙원" の歌詞が、たくさんの人の目に、耳に届くといいと思います。
しかも、なるべく早い段階で。
その先の長い道のりを走り続けることが、きっと一層楽になると思います。



最後までお付き合いくださりありがとうございました。


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