クーリングタイムの使い方

 カイロプラクティックの専門学校にいた頃に読んだ生理学関係の本で、身体の熱を生むのは筋肉と肝臓、と憶えたことがあります。肝臓には熱を生むための司令塔があると教わっていたし、筋肉は動かすと熱くなるのが実感としてわかりますから、うん、なるほど、確かに。納得しました。ところがその数年後、仕事を始めてから見つけた本には、体温を作るのは脳と肝臓、とあって驚きました。あれ? 筋肉は?
 その本によると、筋肉は確かに熱を生むけれど、実は熱を溜めこむのを嫌う。だから熱を生むや否や、それを逃がして冷ますための仕組みを強力に備えている。結果、筋肉が生む熱は体温の維持にそれほど貢献しない。一方、脳は神経の固まりで、神経細胞は酸素を膨大に食う。大量の血液を使って呼吸しまくり、しかも基本、休まないのでずっと熱い。この熱が血液を温めて、体温維持に働く。
 雷に当たったみたいに納得して、すぐさま憶え直しました。

 筋肉の熱を冷やす仕組みは、汗です。汗をかいてそれが蒸発することで、冷える。
 重要なのは蒸発することで、そのためには周囲の空気がそこそこ乾燥しているか・風で空気を動かす必要があります。もちろん衣服に通気性があることも大事です。身体の機能の限界を調べる実験か何かで、閉めきった室内で自転車こぎをしてもらうと1時間持たなかった、みたいな話を読んだことがあります。実験に協力したのは、ふだんトライアスロンだったか自転車の長距離レースだったかに出ているような、自転車こぎに慣れたアスリートです。屋外では数時間走ることが平気でも、閉めきった室内では汗が蒸発しないから、筋肉の熱が下げられずにバテる。


 ところで整体屋という仕事柄、「打ち身だったり凝りだったりで、筋肉が腫れぼったくなって熱を持っているようなときには、冷やすほうが良いのか・温めたほうが良いのか?」と訊かれることがあります。私のいまの結論は、どっちでも良い、です。炎症が強くてカンカンに熱を持っているようなときは冷やしたほうが気持ち良いでしょうし、寒い時期なら温めたい。結局は、局所的に刺激を与えて血流を促したいだけなので、どっちでも良いのです。むかし読んだ「冷やすべきか・温めるべきか?」を比較した論文でも、結論は、効果はどっちでも大差なし、でした。
 ただし注意が必要なのは、温めるときの低温火傷と、冷やすときの冷やし過ぎ、です。低温火傷が危険なのはよく知られたことでしょうが、冷やし過ぎは、結構しているんじゃないかなと想像します。

 私がむかし習った話では、大関節では10分以内、小関節なら5分以内とのことでしたが、大事なのはその後で、冷やして湿った部分を乾いた布でよく拭いて、これまた乾いた布でしっかりくるんで保温する。こうして血流を確保する。そしてまたじんわり熱を持ってきたら、数分冷やして・拭いて・保温する。これを数回くりかえす。
 冷やし過ぎとか冷やしっぱなしだと却って血流を止める格好になって、実際は逆効果だろうと思います。学生時代に運動をしていたという人にこの話をすると、生徒たちの間でも同じ結論に至って自分たちは冷やさなくなった、と教えてくれたことがありました。
 ちなみに私自身は冷やすのも温めるのも嫌いなので、お客さんにもしていません。というか、施術がうまくいけば腫れは自然に引くものだし、冷やしたり・温めたりに時間を掛けるほうが私にはもったいない。


 と、こういったことを考えると、日中に闘う高校球児のための中休み、甲子園のクーリングタイムの使い道は、そこそこ乾燥した日陰(屋内ならエアコンのドライ運転+サーキュレーターくらい)のところでゆっくりして、水か薄めの重曹水で全身の汗を拭いて、パンツから何から全部着替えて、ごくごく水飲んで塩気摂って風に当たって一息つく、の一択だと思っていたのですが、いろいろされているみたいなので驚きました。ストレッチも好きな人が多いけれど私的にはわりと危険なものだと思うし、テレビの取材で保冷剤付きのベストを紹介してるのを見たときには度肝を抜かれました。あんなの、熱中症で搬送された人に着せるならともかく、運動中の選手にそれはダメでしょ、と、とめる人はいなかったのでしょうか……。恐ろしいことです。

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