悲しみとワクワクと
土日は、家から一歩も出ないと決めていた。
ようやく、新しい部屋を自分の家だと、身体が実感し始めたことと、ここらでしっかり休まないと体調を崩す気がしたからだ。
夜明け前、ホケキョと鳴くウグイスの声で目を覚まし、窓の外がゆっくりと徐々に鮮やかになっていくのを布団の中で眺めた。
その間中ずっと、なぜ新版画が廃れてしまったのかを考えていた。
本や新版画についての記載があるサイトを見ると、「写真や印刷技術が進んだこと」と「西洋文化が入ってきたこと」が原因だとされているようだ。
新版画は分業制を取っていた。
プロデューサーの役割をする版元、原画を描く絵師、木版に彫り起こす彫師、原画の色を再現する摺師に分かれていた。
分かれていたからこそ、あの新版画独特の繊細なクオリティが保てていた。
それが西洋美術が入ってきて、新版画は売れなくなり、印刷技術が進化して手間が掛からなくなったことで、仕事がなくなった職人たちは、仕事を辞めざるを得なかった。
やがて分業制を維持できなくなり、廃れていったということらしい。
本当にそれだけなのかと疑問に思うと同時に、やはり、いつの時代も、支えてくれる資本家がいないと芸術は成り立たないのだなぁと、少し悲しい気持ちになった。
夜が明けて陽が高くなってきたので、朝食を摂って、洗濯をして、布団を干した。ついでに、ナマケモノたち(ぬいぐるみ)を入浴させて、日光浴させた。
暖かな陽に照らされた彼らを眺めていたら、なんだか眠たくなってきたので、腕を組みながら横になった。
指の間や脇など、皮膚と皮膚がくっついているところが汗ばんでいる不快感で目が覚めた。
身体の芯が熱を持っていて怠いし、ずっと同じ姿勢だったからか、腰が軋んで痛む。
部屋に西陽が差し込んで、眠る前より薄暗くなっていた。
コーヒーを淹れて、布団と洗濯物を取り込み、ナマケモノを迎えに行った。
抱きしめると、お日様の優しくて温かい匂いがする。以前、『チコちゃんに叱られる』という番組で、お日様の香りはダニの死臭だと聞いてから、思いっきり嗅げなくなった。世界で一番、知りたくなかった。
ナマケモノを自分に横に座らせて、紙といくつかの資料を床に広げてラフを描いた。
これから取り掛かる連作で、個展が開けたらいいなと思っている。ギャラリーもそれに合わせて探しているが、目星をつけたところのスケジュールが半年後に空いているかわからないので、まだ現実味が全然ない。というか、半年後に完成するかもわからない。
2枚描いたところで、ワクワクする気持ちと、この構図でいいのかなと思う気持ちが混ざり合って、不安になってきた。
連作を何枚にするかで悩む。
8、10、12枚あたりが妥当な気がするが、今のところは12がいいなぁと思っている。
12枚で収まるかなぁ。