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身近すぎて気付けないもの

朝、実家のシンクを磨きながら、意識はリビングのテレビに向けられていた。

前夜、実家に帰省してリビングに踏み込み、開口一番、仁王立ちで、「さて、皆さんのゴールデンウィークのご予定は?」と尋ねた。

母は仕事、父はジャズバンドの練習という返答があった。

私は「ゴールデンウィークは大掃除をすると言っておいたじゃないか」と、口をへの字にして、ダイニングテーブルにいる父と母を交互に睨みつけた。

2人は二ヘラと笑い、母が「まぁまぁ、とりあえず手を洗っていらっしゃい」と私の背負っていたリュックサックを剥ぎ取る。

言われた通り、手を洗って、うがいをしてダイニングに戻ると、父が「今日は筍ご飯だよ〜」と言い、母が温め直した煮物を持ってキッチンから戻ってきた。

言い訳は、食事を摂りながら聞こうじゃないかと思い、茶碗に盛られたご飯を箸で掬い、口へ運ぶ。

思わず、「ん〜!美味しいねぇ」と言うと、母が「そうでしょ、そうでしょう。だって、うちでアク抜きしたからねぇ。」と言うので、「味付けは?白だし?」とか、「アク抜きってどのくらい時間かかるの?」とか聞いているうちに、さっきまでのことはすっかり忘れていた。

食べ終わり食器を下げると、「お風呂沸いてるよ」と言われ、入浴後は、「浮世絵の特集してる番組があったから、録画しといたけど観る?」と言われ、番組を観ながらうとうとし始めたら、「もう寝なさい」と言うので、いつの間にか母が敷いてくれたらしい布団に入り眠った。

翌朝、母が支度する音で目覚めた。
母が「じゃ、洗濯機が止まったら干しといてね。」と言うので、私は目を擦りながら、「うん、いってらっしゃい」と玄関で見送った。

バタンと扉が閉じて、あくびをしながらキッチンへ向かう。ヤカンに水を入れて、ガスコンロで火にかけた。

お湯が沸くまでの間、顔を洗おうと洗面所へ向かい、冷水でバシャバシャと顔を洗っているうちに、「あ、なんか上手いこと丸め込まれた」と気づいた。

まあ、別に期待してなかったし、いいけどねと思いながら、トーストを齧り、コーヒーを飲む。

母が録画してくれていた番組の中で、『広重ぶるう』という番組があった。
広重って歌川広重のこと?と、思わず再生する。

阿部サダヲさんが主演の、歌川広重の半生が描かれたドラマだった。

ドラマの中で、広重が葛飾北斎の富嶽三十六景に使用されたブルーを見て、その美しさに衝撃を受け、これを使えばいけるぞと広重が確信し、取り憑かれたようにブルーの使い方を追求するシーンがあった。

青に取り憑かれるだなんて、フェルメールみたいだなぁと思いながら、私はシンクを磨く手を止めた。

ドラマの中ではベロ藍と呼ばれていたブルーのことをスマホで調べると、ベロ藍というのはベルリンで発見されたブルーのことで、今で言うプルシアンブルーのことだった。ちなみに、フェルメールブルーはウルトラマリンのことだった。

プルシアンブルーだと知ると、妙に親近感がある。
なんだかんだで、高校生の時からよく使っていた色だからだ。

と同時に、プルシアンブルーか…と落胆する気持ちもあった。
昔から身近にあったくせに、身近すぎて逆に敬遠していたから。

もっと何か別のブルーが。プルシアンブルーよりも美しいブルーがあるんじゃないかと、どこかで探していたような気がする。

何というか、そういう、身近すぎて価値に気付けないものってたくさんあるよなぁと気付かされた。


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