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デッサンって必要?

しばらく伏せていたが、絵画教室を辞めた。

私が絵画教室に求めていたものは2つあった。

1つは、自分が扱った事がない、さまざまな画材に触れられること。もう1つは、色んな種類のモチーフの中から選んで描けること。

前者は、その絵画教室では画材を貸してくれるという話だったが、いざ入会したら、「画材は自分で用意してくださいね」と言われてしまった(当然のことだけど…)ことで叶わなかった。

後者は、入会前はじっくりと見られなかったが、入会後にモチーフを置いてある棚を見たら、そんなにたくさんのモチーフがあるわけでもなく、「モチーフはご自分で用意してくださってもいいですよ」と謎なことを言われてしまったので、これも叶わなかった。

そういう経緯があったのと、引っ越ししてアトリエが手に入ったこともあり、辞めた。

それに、画材をいちいち持参しなければならないのが大変だった。画材は置いていいことになっていたが、私は自宅でも同じ画材を使いたかったので毎回持ってこなければならなかった。

これだけ書くと絵画教室を否定している気持ちになるので、絵画教室に行くことのメリットも書いておく。

1つめは、他の人の作品を見ることができること。
絵画教室や共同のアトリエなどに行かない限り、なかなか、自分以外の人の制作プロセスは見ることができないし、それを見て気づくことや、発見することもある。

2つめは、照明がたくさんあること。
絵画教室の蛍光灯はたくさんあるので、多方向からの光の当たり方を観察することができる。

それに、講師の先生方はとても優しく丁寧に指導して下さっていたし、これから絵を描いていきたいと思う人には、とても良い環境だったように思う。

ただ、需要と供給が合わなかっただけなのだ。

普通、画材は1度決めたら変えることはほとんどないが、私は表現したいものに合わせて、毎回画材を変えたいなと思ってしまうので、先生方も扱いづらかったことだろうと思う。

ここまで書いて、ふと、デッサンをする意味ってなんだろうと思った。
誰かにやれと言われたわけではないが、何かを描くのなら、デッサンって一生やるべきことのような気がする。

なぜだろう。
上手く言葉にできないが、デッサンってチューニングに似ている。

伝えたいことがあるから描きたいと思う。
だから、描くからには伝わってほしい。
伝えるためには、誰にでも理解してもらえるように努めるべきだと思うし、見せたいものを忠実に描く表現力も必要だと思う。

だからデッサンは必要なのだと思う。


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