もしAmazonで買った本に「通信簿」が挟まれていたら?
絶版になった本を手に入れたい。そう思ったとき、Amazonで古書が見つかれば、ワンクリックで買えますよね。私も何度もAmazon経由で古書を買っています。
しばらく待って念願の本が届く。ページをめくっていたら、本に「通信簿」が挟まっていた。しかも、それは昭和23(1948)年に発行されたものだった —— 。そんなことが起きたとして、あなたならどうしますか?
これは私の友人であるTVディレクター(匂坂緑里さん)の実話です。彼女はそこでページを閉じることなく、ある決断をします。「持ち主にこの通信簿を返そう」と。
通信簿に書かれた、持ち主である少女の名前と保護者の名前、小学校の名前。たった3つの情報から、匂坂さんはその少女を探す小さな旅を始めました。
まず、少女の小学校があった大分県別府市に向かいます。地域の新聞社、地元の人達が集う喫茶店、街の銭湯……。手がかりはなかなか見つかりません。小さな旅は、古書に通信簿を見つけてから6年という、長い旅になっていきました。その一部始終を収めたドキュメンタリーが先日渋谷で上映され、観に行ってきました。
通信簿の中身を見て少女に会ってみたくなった、そして存命なら85歳前後になっているはずの少女に通信簿を返したい。その一心でここまで来た、と匂坂さんは言います。
ぜひ本編を見てほしいので結末は書きませんが、この作品は少女を探すことを通して見る「戦後77年史」にほかならず、私の頭の中はしばらくこのドキュメンタリーのことで占められていました。実は大陸からの「引揚者」というのが裏テーマとして走っていて、当事者の生々しい証言や当時を思わせる映像が含まれていたからです。
たった一人のディレクターの思いが地元の人々を動かし、その取材を通して、人々の心のなかにあった、はっとするような言葉が引き出されていくのです。
もしAIにこんな偉業がたやすくできてしまったなら、私はもう編集者として働くのをやめてしまうかもしれません。
(2023.3.23)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?