夢路より
漠然と、子どもの頃に口にした夢が、私にもあった。
ただそれは、こういうと喜ばれるだろうとか、こういうのが普通なのかもしれないという意識によって、当時導かれた答えに過ぎなかった。
絵を描くのが好きな幼い頃の私は、画家になりたいと言ったし、漫画家になりたいとも言った。
だが、何度も口にしていれば、それが自分の夢であり望みなのだと、意識の中に固定化し、根ざしていった。
幼い子どもが、ずっと絵を描いている様子に、親たちは「手がかからない」と喜んでいた。
紙を与えられると、まず頭の中で完璧に想像を膨らませ、それを白紙の上にどう乗せられるかを目でイメージを投影し、それをなぞるようにただ描く、というやり方を五歳の私がしていた記憶が残っている。
つい数年前に、保育園時代の絵本の模写が出てきたけれど、5歳児が描くにはあまりに正確な線の、クレヨン画だった。何が描かれているのか、十分に理解できた。
それから、十四歳くらいの頃も、漫画のコマ割りや絵を描く前に、白紙の上にもう答えが見えていた。
多分、ちょっと特殊な類の、才能の片鱗と呼べるものは持っていたように思う。
夏休みともなれば、休みもせず、ろくろく寝もせずに、一日100枚近いネーム(漫画作品の設計図のようなもの)を書いたこともある。
けれど、そうした生活には弊害があった。
あまりにも漫画にのめり込み過ぎて、人と付き合うことをしなかったし、漫画以外の情報を集めることもなかったので、受験期に大変親ともども、困ったのである。
親は朝から晩まで働いていたので、進路について相談らしい相談や、話し合いということをしたことがなかったのだが、同時に彼らも「娘が勉強もせずにずっと漫画を描いている」というイレギュラーが起きていることに気づかずにいたためだ。
それで、兄が当時勤めていた塾に放り込まれたけれど、人付き合いしてこなかったせいで集団塾に馴染めず、実はほとんどサボる結果になった。
それでも志望の高校に入れたのだから、塾の力はすごかったのだと思う。
さて、高校に入って、周りの子達は美大に行くのだと言い出していた。
絵を描く自分の周りには、やはり絵を描く人間が多かったのだ。
私の親は昔から、「大学行くなら最低でも早慶。それ以外なら、働きなさい」と言っていたので、ひどく素直に「ああ、私は大学には行けないのだな」と思っていたので、美大の話を友人たちがしていても聞いていなかったし、大学受験のための勉強もせずにいた。
つまり、私は自分の能力や、自分の未来を、これっぽっちも、自分の手でどうにかできるとも思っていなかったのだ。
高校三年生となった私は、自衛官になるつもりでいた。
だが、願書を取り寄せたところで、親に猛反対された。
当時はビンラディン氏などの活動が盛んだった頃だった。
それで、知り合いのツテで、経理事務の職についたものの、それは私には過酷すぎて、すぐにメンタルがボロボロになってしまった。
記憶は無くなるし、時間の流れ方が体感としておかしくなっていた。それから、いつもぼーっとして、考えもまとまらないし、眠くて仕方なかった。
私は、「夢のために何もしない道」を選んだために、自分の可能性を、自分という大事な何かを、死なせてしまったのだ。
どうして私は夢を叶えようとしなかったのだろう。
あれだけ必死で描いてきたのに、気づけば働き始めたのと同時に、描けなくなってしまった。
最初は時間がないだけだったが、描く気力もなくなり、そうしているうちに、どうやって描いていたのかわからなくなってしまった。
メンタルをおかしくしたことにも気づかぬまま、結婚して、義両親と同居し、子供を授かったけれど、それは私の脳に決定的なほどダメージを与えた。
私は1人でトイレも風呂も、食事もこなせぬようにまでなった。
ある日、夫が言った。
「漫画を描くのが好きだったじゃないか。ネットに面白い投稿サイトがあるから、載せてごらん」
私の夢に、再び火が灯ったのは、この投稿がなかなか反響が良かったこともあるが、とにかく、好きなことをやるのは何よりのリハビリだった。
夢というと、叶えなければ意味がないもののように思われがちだが、実際はそうじゃない。
夢を叶えるまでの道こそが、最も偉大で、何よりの人生の救いに思う。
今、私は漫画のお仕事をいただいて、実はひっそり描いている。
そう、夢は叶ったわけだ。
が、今の私は、「ああ、この道は楽しかったな」「でも、もう違うことも、もっとしてみたいな」という気持ちになっている。
長年見続けた夢とはいえ、執着する必要はない。
この夢は私を助けてくれた。この夢は、私に様々な経験をさせてくれた。
さあ、次はどこへ向かおう。
昔の私なら、ただ自分の世界に閉じこもるだけだった。
でも今は、もっと先へ行ける気がする。
一度でも二度でも、何度でも、夢を叶える努力をしてみるといい。
自分を取り戻すことができる。
その先には、自由が広がっているように思えるから。
▲入退院を繰り返す病状の中で描いていた漫画の一部。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?