看護におけるVulnerableとは

 英語には、日本語に翻訳しづらい単語が数多くある。逆もしかりだが、日本語にしてしまうとなんとなく言葉の意味、ニュアンスが変化してしまい、本来の意味がもつ輪郭が曖昧になり伝えたかった気持ちがずれてしまう事がよくある。(のではないかと感じている。)
 Vulnerableとは、日本語に訳してみると、「弱者」「無防備」「不安定」「傷つきやすい。」「弱い立場」といった言葉がでてくるが、どうもどの言葉もしっくりこない。
 そこで私は、近所(家の隣の隣)にある英会話教室の講師であるジョン(仮名)に相談してみた。彼は、イギリスのエリザベス2世と、ダイアナ元王妃とを比較してVulnerabilityについて説明してくれた。彼曰く、「エリザベス女王は、完璧だった。一度も失言せず、そして人々に自分の弱さを決して見せなかった。だから、Vulnerableとは言えない。でも、エリザベス元王妃は、自分の意見を沢山発信した。各国に赴き、慈善活動を通し市民と触れ合った。彼女は、自分の言葉で話をし、攻撃を恐れずなかった。だから、彼女はVulnerableといえる。」
 この説明を聴いて、初めてこの言葉の輪郭が少しづつ見えてきたように思う。Vulnerableとは、弱さを甘受し、認める事。弱いまま、強く在るということ。弱さを抱えたまま、誰かに攻撃されて、傷ついてしまうかもしれないことを恐れないこと。「人としての在り方」を意味するのではないだろうか。
 看護における弱さとは、医療を提供する側として、患者の語りの聴き手として、ケアの送り手として、看護師自身がもつ弱さや脆さを知らないまま、対象と向き合ってしまう事だと思う。自分の弱さを知らないものは、それを他者からのアプローチをもって知ることになる。それを知ってもなお自分が自分らしくいられる人は実は少ないのではないかと思う。
 人は、誰でも「こう在りたい自分(自分にとっての理想の自分。)」と、「本当の自分。」とに多かれ少なかれ、解離を持ってるものだと思う。また、人は、常に信じたいほうの真実を信じる。その人達にとってはきっと、それが真実かどうかは問題ではない。自分にとって快適かどうか。自尊心、尊厳、自己肯定感、虚栄心、気品、貫禄、自惚れ、見栄え、自分自身の心を守れるかどうかが重要なのだろう。
 本当の強さとは何か。弱いまま強く在るということは、何を意味するのか。Vulnerableとは、日本語に訳してしまうとその言葉が弱さそのものであるかのように表現されてしまう。だが、本当のこの言葉の意味は、違うところに存在しているのではないかと感じる。Vulnerableとは、弱さの事ではない。むしろ、強さの事なのだ。自分の弱さと向き合い、受け止め、弱さを抱えたままそれを隠さずただ傍観する勇気。意志。誇り。弱みを隠す事が、強さではないと知っていて、傷ついても何度でも立ち上がり、過去とともに生き、新たな傷が出来てもまた、その傷とともに生きるという覚悟。それが看護師が持つべき強さ、Vulnerabilityなのではないかと思う。

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