見出し画像

東京日記20「答えを出したくない、のか?」

吉本ばななさんの「どくだみちゃんとふしばな 号外」を読んだので書きます

令和6年3月26日
たまに、和暦で書かないと今が令和3年なのか4年なのかわからなくなる。本当はもう6年。
令和に入って、和暦が覚えられなくなりました。西暦って楽だし、数字が並んでいるとなんとなくいいし。

なんで書き始めているのかなと思います。
誰かに有益ないい言葉みたいなのを書けるわけでもなく。でも書きたいなと思ったので勢いで書き始めてしまいました。

吉本ばななさんはご自分のnoteに有料のエッセイ?をのせている。わたしも一時期登録していたが、noteで読むのがなあ。紙で読みたいな。と思って辞めてしまった。
おそらく最先端の吉本ばななを読みたいが、noteで読むことによって簡単に消費してしまっている気がしてしっくりこないのかもしれない。手軽すぎる、簡単すぎる。

かといって、これ以上本が増えても置き場所にも困る。
生きるのに取捨選択はずっとついて回るわけです。やりたくても現実的にすぐにできるわけでもなかったりする。
最近はそんなことをぐるぐる考え、わからなくなっている。
ある人には、悩むのが好きなんじゃないかと言われた。そうなのかな。迷宮に迷い込んで、迷路をさまよい歩くのか好きなのかな。そんなことないですとも言えないくらい今は本当になにもわからないとなったりする。けど、わかっていることもたくさんあって、答えを出したくなくて頭の中をぐちゃぐちゃにしているのかもしれない。
答えを出したくない。しっくりきた。

自分はかっこつけなんだなと思う。自分のなかのかっこいい人ルールがある。細かく言うと恥ずかしいのでいいませんが。
自分の感情でさえもコントロールしたくなることがある。こんな時に、こんな風に感じるのはカッコ悪いなとか。

でもね、ドライブマイカーを今さら見て思った。
今感じていることをまずは、そのまま受け取ること。いいとか悪いとか置いておいて。ああ、今こんな感じだなって。そうしたらよくなるのかはわからないけど、わたしはそうした方が良さそうだなと思う。そうしたいんだろうなとも思う。

ドライブマイカーは1年前くらいに途中まで見て、もっとしっかり見たいと思って辞めた。なのに、結局今回もレース編みをしながら見たので、じっくり見れてはいない。けどね、わたしは最後15分くらいの間に出てくる夕焼けのカットが好きでした。あの場面に温度を感じたの。じんわりとしたあたたかさ。救われた。

今日は雨がしとしと、とザーザーのあいだ。
読みかけのノルウェイの森を読むのにちょうどい日。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?