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非常勤講師、渡り歩記①〜初任校は体育会系(高・公)〜

非常勤即ちピンチヒッター。
大体「初めまして!明日打ち合わせで来校可能ですか?来週の授業からお願いしたくて。」といった勢いで引き継ぎも無しに波乱の最前線に放り込まれる訳です。

そんな現場を傭兵の如く渡り歩くこと4校、それぞれに何処も面白く何処も大変でした。

今回は初任校の話をします。

シリーズの記事↓


新社会人

 非常勤の話が来たのは大学を卒業して住処の片付けをしていた2021年3月後半。
コロナ禍で有効求人倍率が底を擦った年に、「大学院より面白そうなところだけ受ける」と舐めた就活をした挙句院試に落ちた私は、実家に帰る運びとなっていた。

 そんな時「『工芸』の免許を持っている美術教員を探している。」親戚が犬の散歩中の井戸端会議から取得してきた情報は、面接はおろか履歴書さえ出すことなく電話一本で2週間後の職場を決めてしまった。

まあ大学院も落ちたし、勉強期間だと思って行ってみよう。この経験を売りに院試再チャレンジしてもいいし。

 実習や教職の授業で大変悪名高い自治体、しかも待遇に問題があると評判の非常勤講師。そもそも教員になる気もあまり無かった。
それでも引き受けたのは、自身の高校生活が何物にも変え難い価値のある物で、恩師たちに憧れを持っていたからだった。

 調べてみるとその学校は普通科の他に体育科と武道科を備えているらしい。
万年美術部、体育会系とは全く無縁の人生。不安と期待の新社会人の始まりだった。

新転任オリエンテーションがあった唯一の職場

 結論から言うと、初任校がここで良かった大賞である。
なんと新転任オリエンテーションに入れてもらえたのだ!各設備の場所の案内や、校則、理念、成績評価などを話すアレだ。

 そんなの当たり前に参加するだろう?いやいやこれが非常勤講師だとそうでもない。
周りで非常勤講師をしている人や現場の先生方との話で「新転任オリエンテーションに参加させてもらえた」というと必ず驚かれる。
新年度の学校現場はそれだけ余裕が無い。

「新卒で本当に何も分からないから新任の案内や説明会があれば参加させて欲しい」と申し出てみたところ相談の末OKの連絡が来た。

 後の学校で新年度付だったときに同じことをしてかなり手酷く断られたこともある。
年度切り替えのお忙しいときにややこしいことを言って悪かったけど、その後、手遅れになってから後出しされる事が多く、もうちょっと食い下がってもよかったかもしれないと思った。

 美大出身で教員採用試験も受けたことがないポンコツだったのでこのオリエンテーションで初めて「分掌」と言う言葉を知った。(多分大学の講義でも聞いてたけれど言葉が吹っ飛んでいた)
ともかく、このどうしようも無い新人の為に多少の手間と時間を割ける余裕のある環境を引けて本当に良かった。

体育会系な生徒達

 廊下をすれ違う生徒たちが「アーーッッス!!!!!!!!!!!」とザ・体育会系の挨拶をしてくれる。
その勢いと声量たるや、こちらを驚かせようとしているのでは?と疑念が湧く程。

 雨の日に、なんか階段がぬるぬるするな〜と思ったら、階段ダッシュで滴った汗だった。青春が蛍光灯の光を反射させて輝いていた。

 体育会系の校風は授業する側にとっては正直とてもやりやすい。
とにかく指示が通りやすい。
勉強に関してはあまり得意でなくても、行動にメリハリがついていて、教員の指示に従う空気がある。授業態度良好、締切厳守。

 私が高校生の時、先生方にきちんと挨拶ができていただろうか。話を聞く時に手を止めて、体ごと相手の方向を向いていただろうか。

なんなら今も、学校現場の「鍋蓋型組織」で新卒一年目から「先生」なんて呼ばれてしまって、その辺の感覚が今ひとつ身につかないままぼんやり大人になってしまった。
職場の飲み会的な場で飲み物を注いだことが殆どない。気がついたら注がれている。本当にすみません。

 こちらが恥ずかしくなってくるくらい立派な生徒達に、支えられた初年度だった。
実習生に毛が生えた程度のヘニョヘニョの小娘を先生として扱って、先生にしてくれたのはあの時の生徒達だった。
きっと立派な大人になっているんだろうな。

頼りになる先輩非常勤講師

非常勤講師には指導教員がつかない
先程「実習生に毛が生えた程度」と言ったのを撤回しよう。
指導教員の後ろ盾やチェックが入らない分、実習生より毛が薄い。

 そんな中で頼りになる先輩に出会えた事は大変な幸運だった。
芸術科他選択の非常勤講師の先生が、正規採用や他校も含めて歴の長いベテランの方で、実質指導教員のような形でサポートしてくれた。

教科の内容以外の部分、いろいろな仕事のタイミングや、成績などの付け方、報告の仕方など、「これってどんな感じでつけたら良いんですか」「こういう書類っていつ頃くるものですか」「こんな感じでいいんでしょうか…」などと言いながらぴいぴいとついて回っていた。

オタク趣味も合って、ワクチン接種とか希望日を合わせて一緒に行ってランチしたのも楽しかったな。

コロナ禍の翻弄

 2021年度、コロナ禍2年目。
都市部だった事もあり、それなりに煽りを喰った方だ。
休校と緊急下校が繰り返され、3学期末には後に調整が効かなくなった教員達がストーブの周りで踊っていた。

 コロナ禍は生徒のモチベーションに大きく響いた。
部活のために高校に来ている生徒が多いものだから、コロナで部活動の禁止は大きな痛手だった。部活のために往復3時間以上もザラにいる。
今思っても大変気の毒な話だ。

 あと、オンライン授業の運びにならなくて本当に良かった。
なっていたらキャパオーバーしていたと思う。

待遇面

 この自治体、実は教員の待遇についての前評判が最悪だった

隣接自治体だった実習校では「この学校には〇〇(件の自治体)から逃れてきた教員が3人いる、命が惜しければ〇〇の教採は受けるべきではない。そこだけはやめておけ。」と実習生に語って聞かせる程だった。
さながら紛争地域からの避難民か亡命者である。

↓教育実習の記事↓

 結論として全然大丈夫だった。
むしろ非常勤として経験した公立の中ではダントツに待遇が良かった。(比較対象が悪い可能性はある)

「週あたりのコマ数×年間授業週数×コマ給」を年間の上限として出勤簿を使って申告する様式だった。
この授業週数というのが、夏季休業等を含まない大体38週くらいになる。
私は週10コマを担当していたので、ざっくり380×コマ給となる。

しかし、定期考査や学校行事、緊急下校や休校などで授業が無いor無くなる場合があり、実際に授業があったのは250コマ程だった。(コロナ禍によるところは大きい)
すると約130コマ「授業はなかったけれど申告の上限が浮く」事になる。

ここを、教科会議、成績の処理と入力、休み時間に行った補習、参考作品の制作だとかの所謂授業準備や評価にかかる業務として申告できた


 数カ所渡り歩いた体感や同業者間の噂として、正規教員の待遇と非正規教員の待遇は反比例するように感じる。
皮肉な話、非正規で現場を持たせている所の方が、非正規を大切にしてくれる。

逆に教育実習先のあった自治体で勤務したら大変な目に遭った話はまた以降の記事で。


 初任校は、比較的余裕のある現場で、体育会系で気の良い生徒たち、とても良くしてくれた非常勤講師の先輩、とても恵まれたスタートだったと感じます。

次回は番外編?数ヶ月で非常勤講師に出戻りをする事になった映像会社について書きたいと思います。
この初任校が良い現場だったからこそ出戻りの選択をする事ができました。
本当にお世話になりました。

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