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猫長屋通信 改め のやまねこ通信 VOL.2 「何万回でも生きる俺~キジ(たち)の物語」

「よし、ここだな。間違いない」

俺はキジ。訳あって大切な縁があるこの場所に帰ってきた。

この世界のニンゲンたちには「100万回生きたねこ」って絵本が大人気らしいな。

でも、俺が生きた回数はそんなもんじゃない。いちいち数えるのが面倒でやめたほどだ。

飽きっぽくて縁があったニンゲンとの関係は猫生ごとにリセットした。
でも今回はレアケース。

今の俺が前の俺だと気づかれないように。
でも、前の俺とつながるイメージで。

けっこうこだわりのオシャレな毛皮に着替えてきた。

前の俺は「ルーク」という名前だった。

その名前に落ち着く前に若いカップルの家で違う名前で呼ばれていた時期もあったけど、縁が薄かったみたいだ。

最終的に俺を引き取った「ナギ」というニンゲンが「ルーク」という名前をつけてくれた。

回数を忘れるくらい何万回も繰り返した猫生で出会ったニンゲンの中で、ナギは最高のお気に入り。

今の俺が帰ってきたのは、ナギが俺と堂々と一緒に暮らすために借りてくれた「ペット可物件」のニンゲン小屋。

決して広いとは言えなかったけど、割と日当たりが良くて安心して暮らせる部屋で、俺(前とか今とか面倒だな。俺は俺!)は毎日ナギの帰りを楽しみに待った。

ナギの車の音が聞こえると、どんなに遅い時間でも玄関に出て待機する。

「ただいま~。ルーさん、おいで」

「にゃ~にゃ~(おかえり、ナギ。今日もお疲れさん)」

俺が飛び乗って抱っこを要求すると、ナギは大喜びでナデナデスリスリしてくる。

「にゃあ(もう気が済んだ。降ろしてくれ)」

「なんね、もういいんね。早いね」

俺だって腹は減るんだ。飯を食ったらちゃんと遊んでやるから、分かってくれよな。

この猫生でサービスしてやるニンゲンはナギだけ。他のニンゲンにはいっさい慣れてやらない。

愛嬌猫を演じなくても安心して暮らせるなら、思いっきり全振りでナギだけにべったり甘えてやるんだ。

「ルーさんは人見知りやけん困るねぇ」

口ではそう言うけど、自分だけに心を許して全てを委ねて甘えられることが嬉しくてたまらないのはナギのニヤニヤした顔を見ればすぐに分かる。そして、猫に惚れたニンゲンはだいたい同じような顔をする。

できる限り長く一緒にいたいと思えるニンゲンと出会えた猫生ほど持ち時間が短いのはなぜなんだ?

「毛皮を着替えて次の猫生に入るだけのことだよ」とナギに教えることはできない。

この世界には「生と死」や「出会いと別れ」みたいなニコイチのドラマを体験するプログラムがあるから。

俺が還った後のナギは酷いもんだった。次の猫と暮らすようになって持ち直しても、心のどこかで俺との別れが引っ掛かっているのが猫魂の休憩所(虹の橋とも呼ばれてる)から見えて、一緒に暮らせなくてもナギを近くで見守りたいと願い、俺はキジになった。

ニンゲン小屋の暮らしが板についたナギは、今の家猫との生活に加えて駐車場に来る外猫たちを世話していた。

常連猫はミケの姐御、シングルファザーのクロ、茶白娘のエスとマル。準レギュラーのサビは身体が弱くて途中で毛皮を着替えて戻り常連に昇格した。

クロの連れ合い(エスとマルの母親)が罠にかかって保護されたことをきっかけに住民同士の縁がつながり、お金を出し合って順番に俺たちのTNR(作者註:去勢・避妊手術をして元の場所に戻し地域猫としてお世話すること。手術済の印に耳先をV字にカットするので『さくらねこ』とも呼ばれます)が行われた。

俺とエスはTNRの前に結婚した。マルも外で恋人を見つけて、それぞれに今回の猫生で最初で最後になる新たな命をこの世界に誕生させた。

マルの子どもたちはナギの尽力で無事に家猫として巣立っていった。

俺の息子たちはエスの母親を保護した世話人が「一族の末裔」として引き取り、それから俺は「キジパパ」とも呼ばれるようになった。

浮名を流した女は数知れなくても、猫生で最後まで添い遂げたのはエスだけだった。

地域猫としてナギを見守りながら仲間と過ごした日々はいつまでも俺の宝物だ。

何度かの季節を越える中で、クロは旅に出て、サビはロードキルで還った。ナギがサビの脱いだ毛皮を見つけて弔ってくれたのは幸いだった。

見送る側だった俺にも猫生の終わりが近づいて、大好きなちゅ~るも食べられなくなり、身体も痩せ細っていく。

今回はナギに苦労をかけまいと、一度は裏の森に隠れて独りで時が来るのを待とうとした。

寒い夜に落ち葉と土のベッドに埋もれながら、ナギと過ごした思い出ばかりが心に浮かんで消えない。

猫生を今回限りで終わりにしてもいいから、もう一度ナギのそばに戻りたいと願った。 

「本当に今回限りで終わりにしてもいいんじゃな?」

ある晩、猫魂の元締めが夢に現れて尋ねた。

「ああ。俺はもう満足だよ。最後のワガママが許されるなら他に望むことは何もない」

「猫生の回数を勝手に決めるのはご法度じゃが、お前の魂を無駄にしない方法がある。願い叶えてしんぜよう」

目が覚めて、あれは夢じゃないと確信した。

ナギが帰宅する頃を見計らって森からニンゲン小屋へ降りると、すぐにナギは俺を見つけた。

「キジちゃん!あんた生きとったんね!心配したばい!!おかえり。寒かろう?中に入りぃ」

俺が毎日ナギに「おかえり」を言っていたこの場所で、今度はナギが俺に「おかえり」を言ってくれた。今この瞬間に還れたら、ナギに迷惑をかけずに済んで最高に幸せなのに。

「それでは誰の学びにもならぬ。何があっても最後まで生き抜くのじゃ」

元締めの声が聞こえる。
願いを叶えたのか取引したのか? 
どっちにしても、そう長くはない。
もらった時間をめいっぱい使わせてもらうよ。

先住猫との同居に悩んで、通い猫として夜だけ寝床を与えることを考えたナギも、痩せ細った俺の姿を見て家猫としての看取りを決心した。

少しでも何か口にできるように食べ物を工夫して、痛みを和らげる点滴を打ちに病院に連れて行って、吐血や酷い夜鳴きにも耐えてくれた。

エスたちと会えるようにハーネスを買って駐車場を散歩させてくれたこともあった。

あいにくエスには威嚇されたけど、あいつは勘がいいから今の俺と前の俺が混在しているのを気づいていたんだと思う。
それでも俺は、いつまでもエスが大好きな俺だ。それも分かっているはずだ。

ナギも俺も必死で踏ん張っていたその時、ナギのお母さんが良くない病気を患っていることが判明した。

その日から、ナギは仕事とお母さんの看病と先住姐さんのお世話と俺の看取りで毎日フル活動になった。
あまりにも大きなものを一気に背負って今にも崩れそうなナギを癒そうと、先住猫の姐さんは動けない俺の分まで頑張ってくれた。

俺は本当に戻ってきて良かったんだろうか?

前と同じようにナギに苦労をかけるばかりなのか?でも…でも。俺はまだ生きていたい。

ナギがお母さんの看病に行く時間に世話人が俺の様子を見に来た時には、猫スツールの中でじっと静かに眠って過ごした。

俺が本気で甘えるのも、本当に辛い姿を見せるのもナギだけと決めているから。

「そろそろ時が満ちるようじゃな」

混濁した意識の中で元締めの声が聞こえた。確かに、俺もナギもそろそろ限界だった。

どうか最期の瞬間をナギのそばで迎えられますように。

世話人が俺の様子を見に来るのが遅れた夜、俺は声を振り絞って叫んだ。

ナギは俺の声を魂でキャッチしてペットカメラを確認し、必死な俺の姿を見て急いで帰宅した。

「ぎゃ~!(ナギ、ごめんな。玄関で『おかえり』できなくて。今まで本当にありがとう)」

ナギと過ごす最期の夜。
俺は夜鳴きせずに静かに丸くなって、久しぶりにちゃんと眠れたナギの寝顔を見ていた。
これでもう安心して還れる。

「姐さん、短い間でしたが、一緒に暮らせて幸せでした。ありがとうございました。これからもナギをよろしくお願いします」

「何が姐さんよ。本当は先輩のくせに。今度は思い残しがなくて良かった。また、どこかで会いましょ。ナギは安心してまかせてね」

姐さんは魂の眼でお見通しだった。
だから俺のことを受け入れてくれたんだな。  

これで本当に安心して還れる。                      

次の日、ナギは仕事を休んで家で俺と姐さんと一緒に過ごしてくれた。

とても気の合う良い友達が来て、ナギに栄養のある食事をさせて、俺の脱いだ毛皮の弔いにも付き合ってくれた。

世話人は夜に俺の様子を見に来れなかったことをしばらく悔やんだみたいだ。

でも、あれがなかったら。
ナギはいつものように仕事に行って最期の瞬間を一緒に過ごせなかったかもしれない。

悔やまなくていいから息子たちを頼むぞ。
俺と同じキジトラ連合のイケてるあいつが父親になってくれてるから心配はいらないか。                  

「ご苦労じゃった。良い顔をしておるな」

元締めのところに還った時には、俺は艶のある元気な姿に戻っていた。

「俺の魂を無駄にしない方法って、残りの猫生の命をナギのお母さんにあげることだろ?ニンゲンの命でどれくらいか分からないけど、少しでも長くナギと一緒にいられるように。ナギのお母さんの中で生きられるなんて最高だな!」

「ほう。気づいておったか。賢い奴じゃ」

俺が還ってからニンゲンの時間で1年と少し経った。

今年もナギはお母さんと桜を見に行けた。俺も一緒に花見ができて楽しかったよ。

ナギは痛みを抱えながら人を癒している。

もう痛みで自分を裁かなくても大丈夫だから、自分自身を癒す時間を大切にしてほしい。

姐さんの癒しがあるから安心だ。にっこり笑う姐さんの顔が懐かしい。

もう毛皮を着替えることはなくても、俺は何万回でも生きることができる。

ニンゲンも動物も、みんなが優しく温かい気持ちで一緒に生きられる世界を願いながら。

今この物語を読んでくれている、あなたの中でも。(Fin)                         

作:志の       

🐾この物語は事実を基にしたフィクションです。🐾 

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