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真夏のエリック・クラプトン

中学生だったぼくは、真夏のある日、エリッククラプトンというやつを聴いてやろうと思い立った。


部活の朝練が終わって、扇風機の前でぐだぐだしていた時に、突如天啓の如くその発想が降り立った。ようするに暇だった。


そんなわけで、真夏のアスファルトをチャリをひたすら漕ぎ、電気屋さんに走った。

手動ドアを開けて、クーラーを発明した人に最大限の敬意と感謝をした後、CDの棚に進む。棚順はあいうえお順で、『え』の場所には2〜3枚のエリッククラプトンが収まっていた。


信じられないと思うけど、CDは電器屋さんで買うものだった。だってAmazonとかなかったし、田舎にはツタヤもタワレコもないし。

電器屋さんの家電の横の、ケーブルやらジャックやらの奥にCDとゲームのコーナーがあって、その棚のラインナップが、その地域の音楽の流行の全てを担っていたのだ。おそろしい。


さて、エリッククラプトンを聴こう!とか意気込んだけど、どれにしよう。もちろん試聴なんていうおしゃれな機能はない。目の前のCDのジャケットと裏の解説だけがたよりだ。頼むぞ。


今ならスマホで検索かけて、「とりあえずベスト」だの「レビューがいいやつ」だの何かしらの判断ができるけど、携帯電話にカメラ付きが定着したくらいの当時は、今みたいにインターネットを気軽に使えなかった。ネットショッピングとか夢のまた夢の存在だった。我が家でもインターネットは使えたけど、『ピーガー』の音とともに接続するダイヤルアップ式の回線で、パソコンの前にはストップウォッチと接続時間を書くためのノートが置いてあった。確か1日15分だった気がする。しかも、凝ったホームページは読み込むのに数分待たなければならなかった。無理だ。


だから、音楽シーンの情報源は、ほぼ皆無。ちょっと音楽に詳しい人のオススメとか、めざましテレビとか、音楽番組の紹介がすべてを支配していた。(地域のよくわからない流行はこうして作られていたわけだ)


話を棚に戻す。


手に持ったCDのうち、どれを買うべきか、買わざるべきか。それが問題だ。いや、買います。

どうあがいても、結局のところ、インスピレーション勝負になる。約3,000円。安くない。てか高い。お小遣いの残りを全投資に近い。泣ける。なんで来たんだろう…。でもこの暑い中せっかく来たし、洋楽を聴くとかなんかかっこいい気がするし、エリッククラプトン聴いてるとか言いたいし、どれかに決めなくてはならない。うーん。


学校指定のジャージの少年が小一時間CD棚の前で唸って、最終的にエリッククラプトン(と思われるおじさん)がジャケットのベスト盤っぽいのを選んだ。


なんかすんごいものを手に入れたような、そんな気分で、胸がドキドキした。


ラジカセで流しながら、夜はラジカセのphoneジャックにイヤホンを差して寝るときも聴いた。歌詞カードとかめっちゃ読んだし、よく知りもしないのにその曲が生まれたバックグラウンドを知って、『なるほどなぁすげえなぁ』とかふんふんしてた。(そういえばライナーノーツ、最近読んでないなぁ…)


そのアルバムは自分で買ったはじめての洋楽CDかつライブ盤で、引っ越しの荷物処分の折にも、ふいにあの真夏の日に思い立った初期衝動的な熱を思い出して、なんとなく捨てられずに今でも時々聴いている。


エリッククラプトンのベストアルバムは?という話題にはきっと上がらない一枚だと思うけど、ぼく的ベストの一枚はやっぱりこの、真夏の日のある日手に入れた『Ballads』です。

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