シェア
「元気がでないときに読むと、いいんだよね」 まっしろ壁の病室の、蛍光灯のベットから、君はいつか言ったのだ。ぼくはなんでか知りたくて、急いで帰りにその一冊、小遣い叩いて買ったのに、でも、俺は元気だけが取り柄だから、ついぞ読まずに、今日まで来たのだ。 君が好きだったその本を、あれから今日までボロボロに、今夜はじめて読んだのだ。読むにやまれぬそのままに、めくりめくって最後まで。「元気がでないときに読んでも、よくなかったよ」濡れた奥付裏表紙、そのまま棺に入れたのだ。
いくら飲んでも酔えない。でもアルコールは回る。そんな人生の2時間をドブに捨てた帰り道。 セキュリティと家賃を天秤に掛けた結果、都心から電車で1時間、駅から歩いて20分。無駄に重だるい体を引きずりながらオートロックをくぐり抜ける。エレベーターが点検中。朝出たまんま、変わらずに止まっている。なんでだよ。はぁ。さらに気分も重くなり、5階まで階段を上がる。右足。左足。右足。左足。暑い。耐えきれなくなってワイヤレスイヤホンを外してビニール袋に投げ込む。どっかの誰かの歌声がひどく小さく
文章には、指示がない。 私たちは、誰かが書いたテキストを読むとき基本的に自由である。映像のように枠はなく、音楽のように響きはない。楽譜のように、音の上がり下がりや休符、速度の指示は書いていない。読み手が自由に想像し、好きな速度で、いつでもやめられる。 例えば、テキストにこのような一文が書かれていたとしよう。 ここで5秒思考を止め、深呼吸をしましょう。 このテキストにあたり、思考を止めるか止めないか、止めるとしたら何秒か、その5秒はどのくらいか、深呼吸をするかしないか、
曇天の空が、曇りガラスのように世界を暗くしている。 めんどくさい会議をサボろうとして、いつも通り屋上に上がった。いつものドア、アスファルト、雨の匂い。天気予報はときどき雨の確率だかなんだか。はっきりしないのはたしかだ。 なんだあれ。 ずらりと並ぶ手すりを左から順に眺めていった先、何度目を擦っても、たしかに、ある。 めくれ上がってるな。 そんなありふれた日常の一コマから、なんと世界の切れ端を見つけてしまった。 + 吉田が、声を掛けてきた。 「先輩、何してるんです