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野やぎの小説まとめ

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小説・ショートショートをまとめたマガジンです。
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#短編小説

掌編「ブーケと抜け殻」

やばい先輩が結婚した。 教会の並べられた椅子。背もたれ直滑降、ほぼ90度の椅子に座り(いや座るというよりお尻を置く台みたいだ。わたしは置き物になりきる)、風景と化した先輩を眺める。決められた動作。段取り。慣れたスタッフと緊張の所作。 交互に指輪を持ったり、置いたり、署名したり。エセ日本語をすらすら垂れ流す牧師だか神父だかの誓いの言葉がなめらかに流れていく。視界の画角の左上には豪華なシャンデリアの偽物がぶら下がり、上から2段目、右から3番目の電飾がチカチカしていた。本物なんて

みかんとタクシー。

「チッ。」と、赤信号で止まる度に舌打ちが聞こえてくる。はじめて見る長い渋滞。これで何度目だろう。その度に肩をすくめて小さくなる。どんどん小さくなって見上げた先、窓からはビルが、ビルの間からは空が見えた。青い。 + よく晴れた朝だ。今日、私は東京に行く。 「これも持っていきなさい。」 「えー、いいよ。あっちでも買えるし。」 「いいから。なかったら困るでしょ。とりあえずよ。とりあえず。」 東京にはなんでもあるのに、母はぜんぶ持たせようとする。ものに溢れた実家。そうじゃなく

渇いた泥。

こんなことなら、セックスするんじゃなかった。 教授が死んだ。単位くれる前に。朝、13℃、晴れ。だる。代わりにめんどくさいがやってきた。晴れのちくもり。週末は雨。今日は閉店気分で、まだ寝てたかったのに。眠い。カラダが重い。はぁ。留年する。ぜんぶ心に押し込んで、煩いインターフォンに答える。 「……はい。」 「お休みのところ申し訳ありません。私、鷹見と申しまして、こういうものです……。少しお話を伺いたいので、ご一緒願えますでしょうか?」 時々水を売りに来るセールスマンみたいなス

文字の海をザクザクと泳ぐ。

白く淡い光が抜けて帯を伸ばす。天井近くの小窓から下りた先は、A4の紙を床に落としたみたい。朝だ。 冷えた手を擦りあわせながら、やかんでお湯を沸かす。パソコンの電源を入れる。カーテンを開ける。A4の紙はなくなって、部屋に光が満ちる。 ピィ〜っと切り裂くような音。はいはい、ちょっとお待ちを……。 コポコポとゆっくりコーヒーを淹れてるうちに、やっと目が覚めてきて、頭が朝に追いつく。起動だ。 Yuki_おはようございますー。 「あ、おはよう。」 待ち構えていたように、来訪者

ショートショート『また出会う群青』

2097空中の鍵盤を、殴るように叩く。 浮かんでは消えていくディスプレイ。オブジェクト。輝くのニセモノたち。本物は、肩に下げた赤いテレキャスターだけ。 コネクション奏法のプレイは、演奏というよりダンスに近い。ダンスというか、格闘技。ゲームのコンボのように積み重ねて、打ち壊す。音との真剣勝負。神経に届け、届くより先に鳴らせ、鳴らす前に響け。瞬間、震えろ。明滅する光に翻弄されながら、追いつけない才能の塊に打ちのめされる。ちくしょう。消えるな。待って。ギリギリで、いつも掴めない。光