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4/2 ミルクの顛末

市場で買った大きなビーツが冷蔵庫に眠っていた。
こっちに帰ってきてからもあまり馴染みがない野菜ビーツ。シチューやボルシチに使ったりするのだろうけれど、どんな料理にすればおいしいのかピンとこなかったので、オーブンで素焼きにしてからマフィンにすることにした。焼き菓子を焼くのは久しぶりだ。まだ計量器も大さじ小さじスプーンもなければ、泡立て器すらないので慌てて買いに行く。180度で焼かれたビーツは真っ赤になってジュージューと音を立てながら少しだけ縮み上がっていた。それをブレンダーにかけてペーストにしたら、ボールに入れてあとは混ぜるだけ。マフィンやケーキなどのベイキングは、大雑把な計量でもなんとなく形になるところが良い。予熱したオーブンに入れればあとは焼き上がりを待つだけだ。
ニュージーランドに住んでいる時は、家に電子レンジがなかった。買えばよかったのだが、仮住まいで白物家電を買うことに抵抗があったのと、どんな家にもガスオーブンが付いているのでベイクはそれで事足りるので、あまり必要性を感じることもなかった。ご飯は少し水を入れて鍋で温めれば良いし、そのほかのものもそのような温め方で問題なく食べることができた。
私はその家でよくスコーンを焼いた。近所のカフェで売っているデーツの入ったものではなく、チョコレートのかけらが入ったアメリカンなスタイルの方のスコーンだ。それも計量器を使わずに、完全な目分量でつくることができた。スコーンは主に、大雑把な人種が作ると成功する珍しい焼き菓子だった。人にあげるものでもないので、味付けはごくシンプルで甘すぎないものだった。土曜日の朝にそれを焼き、1日かけて一人でそれを平らげながら、家の中で日永なにもせず過ごした日々。たくさんのバターとミルクだけは惜しみなく使える場所だった。今でもバターは、500グラム入りの大きな四角いひんやりとしたミルク100%のものが少しだけ恋しい。

バターといえば
包み紙を開けて、最初の一辺を薄く切ったものをそのまま食べるのが好きだ。美味しいバターはそのまま食べても素敵な風味がする。料理をしながら、焼き菓子が焼き上がるのを待ちながら、薄くスライスしたバターを少しずつつまむ。手で掬った瞬間から熱で少しずつ溶けて、口の中に入れるととたんになくなるくらいの薄さのバター。もう既に焼き菓子の中にたんまりと入れてあるのに見なかったことにしてもう一切れ。銀色の包み紙に吸い付いているのを少し引っ張りながら開けるあの感覚。
生まれ変わったらバターになるのもいいかもしれない。

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