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0番地の女王

午前2時を過ぎた。母がまだ帰って来ない。

切り盛りしているスナックはとっくに店じまいの時間だ。何かあったのかも。

売上金を引ったくられるとか、店で客に乱暴されるとか、タクシーで事故に遭うとか。

不安が不安を呼んで眠れるはずがなかった。

午前4時を過ぎるとさすがに心配で店に電話をかけた。しつこくベルを鳴らすと酔い潰れていた母が応答した。

どちらが保護者がわからない。明け方に家路に着いた母のいびきが聞こえるとやっと安堵出来た。

学校に行く前に玄関から一枚ずつ脱ぎ捨てられた服を拾い集める。横たわるハイヒールを揃え、脚の抜け殻みたいなストッキングと刺繍の入ったブラジャーを洗濯かごに入れる。

総柄のブラウスと原色のタイトスカート、揃いのジャケットはクローゼットへ。

素っ裸で母は寝言を言っている。酷く酔っ払ってしばしば泣くこともあるので勘弁して欲しかった。泣きたいのはこっちの方だ。

朝食は自分で用意した。ランドセルに入れる教科書も親からこうやるんだよと教えられたことはない。

無防備に眠る母の姿を確認すると、自分で鍵を閉めて学校に向かった。

通学路はホテル街で、朝はしんと静まり返っている。小川が流れていてひしめき合うように鯉が泳いでいた。

下校すると母が客に営業の電話を掛けていた。邪魔しないように無言でいると会話が筒抜けだった。

「ねえ、そこで愛してるって言って」

職場で話しているであろう客にそういうことを言う。手練手管。

母はツンデレでモテた。店が客で溢れかえると、長居してる客に洗い物をさせた。母は客がそれで喜ぶと言っていた。

母は長い爪にエナメルを塗る。米は私が研いだ。また夜が来た。

火の元と施錠を2回、必ず確認して母は出勤した。

パキッと音を立ててブラインドを指で押し下げると、部屋の窓から天守閣が見えた。夜の間ライトアップされるのをぼんやり眺めていた。

歴史的な建造物を模したソープランドだ。客は殿様気分になれるのだろう。

“女に成ったあたしが売るのは自分だけで”

かのスターは歌った。

あれは母の姿そのものかも知れない。

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