ハコベ

ハコべ

箱根へ旅行に行ったときのことです。

私は友人二人と夏に温泉旅行に出かけました。宿は古くからあるXという旅館でした。事前に調べたところによると、とてもよさそうな宿でした。

私たちは芦ノ湖で遊び、午後、日が少し傾いてきたころに宿に向かいました。

宿は山の中にあり、山沿いの国道を、普段見れない景色を楽しみながら進みました。

私は運転をしていたので周りや対向車などに気を付けて進んでいましたがふと、右手側の山間に不思議なお堂を見つけました。そこは見るからに古く、荒れているとまでは言えないけれど、あまり人が頻繁に来るようなところではないように感じました。しかしそれだけでは決して不思議とは言えない、私が不思議に思ったのはそのお堂の大きさです。そのお堂はとても大きくまるで一つの蔵のようでした。そしてそのお堂は普通の寺などでは閉められているはずの、扉が開け放たれていました。そして中は暗く、まるでそこだけ大きな液晶画面が張られているような救いのない暗さでした。私はすぐに友人に呼びかけそのお堂の異常さを口早に言いました。友人のうち一人は気づき、驚きましたが、もう一人は気づきませんでした。後ろから車が来ていることもあり私たちは車を止めて調べることができず、そのまま宿へ行きました。

お堂から宿は近く、すぐに着きました。宿は本当に古く、しかしお世辞にも風情があるとは言えませんでした。建て増しを繰り返したようにいびつなつながりで、庭を囲むように作られておりました。まずは温泉で疲れをいやそうと湯に入りました。さっぱりとした気持ちになり、いつの間にかお堂の事もこの旅館のいびつさも忘れてしました。長湯できない私は友人たちより先に風呂を出ました。友人を待つ間に、たばこを吸おうと庭に出るとライトアップされており幾分かいい景色となっていました。しかしその庭には大小さまざまなモノがおかれていました。石灯籠、狛犬、火鉢、雨水のたまっているつくばい、物干し。庭は思いのほか広く、どこまでも続いているように感じ、私はずんずん進みました。

途中に明らかに風呂が見えてしまうところに差し掛かり、私は気まずくなりすぐに戻りましたが、あの先はどうなっているのだろうと今でも気になりますがそれはもうできません。そして庭の中間ほどに小さな稲荷の祠がありました。ある程度は手入れがされていて、灯明もついていました。

食事を終え、もう一度風呂に行き、再び私は一人で出ました。そして今度は庭ではなく別のところに向かいました。なんとなく気になったところがったのです。それは宿の中の喫煙室でした。私は案内表示に従い、室に向かいました。扉を開けると、そこはさまざまな物がおいてありました。応接セットが2つ、本棚が何個か、そして古いテレビと模擬刀。私は一人がけのソファに座り、たばこに火をつけ暖色の照明に煙が映るのを見ながら、ぼんやりと火照った体を整えていました。そしてふと模擬刀が気になりました。私は間近でそういったものを見たことがなく、興味本位で触ってみました。しかしそれは鞘と鍔がきちんと紐で結ばれており、いたずらにイタズラができないようになっていました。刀を触れば抜いてみたくなるのが人情です。私はテーブルにある古いタイプのガラスの灰皿でたばこを消すと、紐を解きました。刀は短く脇差のようでした。すらりと鞘から抜き、光にかざしてみると、なんとなく振りたくなり何度か振ってみました。ぶんぶんと音がし、怪しく光りました。そして刀を鞘に戻し、刀かけに戻すときに、私は困りました。紐の結び方がわからなくなってしまったのです。焦り、適当に結ぶと、何か悪いことしたような気になり、急いで部屋を出ました。

それから宿を出るまでは特に変わったことも無く、楽しい旅行として終わりました。

しかし、旅を終えから、私は毎晩ある夢を見ました。それはあのお堂の前に立ち、お堂を眺めている夢です。あたりは薄暗く、しかしお堂と朽ちた灯篭たちはなぜかしっかりと見え、またそのお堂の中の暗さは周りの暗さとは全くわけが違いました。なにかとてつもなく深い穴のようで、絶対に入ってはいけないと思いながらもふらふらと足を向けてしまい、あと少しでお堂の中に入るというところで目が覚めました。こんな夢を毎晩見るようになってから私はなんだか箱根が気になり、調べるようになったのです。

箱根は古くから温泉の産地として有名でしたが、温泉が世間に認識されるまでは、湯気が立ち上る山々を人々は怖がり、地獄の入り口と言い合ったそうです。地獄の入り口、地獄の入り口、地獄の入り口、私の中でそんな言葉がぐるぐると周りました。そしてあの恐ろしい事件が起きたのです。旅行から一週間後、X旅館が山火事で全焼しました。山火事というのは珍しい、とニュースになりました。そして不思議な事に山火事になっておきながら、被害を受けたのは、X旅館だけだったのです。そして消火活動が終わり、テレビがその焼け跡を映し出すと、私は画面にくぎ付けになりました。すり鉢状に山が焼け焦げており、まるで黒く大きな穴が開いたかのようで、X旅館はその穴の最も深い部分にありました。

私は震えました。あの模擬刀のせいだろうか、それとも何か良くないことしてきてしまったのだろうか。調べようにもX旅館の関係者は誰も存命しておらず、霊能者やそれらの人に頼むにはあまりに私の憶測すぎました。そして夢も毎晩続いておりました。悩んだ末に私は自分でお堂に行くしかないと半ば憑りつかれた様に決意し、箱根へと車を向けました。夏は日が落ちるのが遅いのだけれどその日は、お堂につくとぴったりと日が暮れてしまいました。

そして私は実は今お堂の前におります。今までみなさんが読んできた文章は決意してから用意した文章です。そして今ここで加筆しています。お堂は夢と同じく、恐ろしい雰囲気を醸し出しています。風がお堂に吸い込まれるように入っていきます。私がもし罪深きものなら、このままお堂の中の地獄へ落ちるでしょう。しかし、もしただの勘違いならまたそれはそれでいい経験ができたということです。風が強すぎ、だんだんと風の音をまるで声のように錯覚するようになり、私にはまるでハコベ、ハコベといっているように聞こえます。地獄へ魂をハコベということなのでしょうか。不思議と足はずんずん進んでいきます。お堂の前まで来ました。中は本当に暗い手が震えてうまく打てませんそれにしてもまるで洞窟のように風がどこまでも続いていきます。では中に入ってみたいと思います。どうせ携帯はつながらないだろうからここに置いていきます。私が更新しなかった場合誰か取りに来てください。

それではさようなら。






現在日本では確認されているだけで約30か所の地獄の入り口があるといわれ、そのほとんどが観光地化されている。だが中には立ち入り禁止などの立て札とともに厳重に管理されているものもある。

しかし何気ない暗闇が、地獄への入り口となる、という場合もあるのかもしれない。

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