とあるオタクが石沼に落ちるまで


底なし沼に足を取られると抜け出せないように、可処分時間も所得もありったけ注ぎ込まずにはいられないほど熱中する趣味に対し、畏れと親しみを込めて「沼」という言葉が使われるようになったのはごく最近の話だ。
カメラ沼、声優沼、上げれば枚挙にいとまはないが、そんな沼のひとつに「石沼」というものがある。
この場合の石とはすなわち鉱物のことであり、標本やルース、ジュエリーなどを含める。ジュエリーと聞いて、でもお高いんでしょう?と思ったあなた、この文章を書いている人間もそう思っていた。
と、前置きが冗長なこのnoteは、とあるオタクが石沼にドボンするまでの自分語りである。

当該オタクが石沼に至るまでのきっかけは以下の四点である。

1.セーラームーン
2.パワーストーン文化の流行と地方民の限界
3.TL上からの受動喫煙
4.石のコミケ

まだプリキュアのない時代、女児だった当該オタクはセーラームーンのアニメと漫画に熱中した。セーラームーンの特徴として「敵キャラだいたい鉱物の名前」というものがあり、当時まだ幼かった当該オタクはそれらの単語に興味を持つには至らなかったものの、幼心の隅には多くの鉱物単語が残された。
その後当該オタクにはハンディサイズの鉱物図鑑が贈られ、誕生石などの前提知識を得た。そして透明度の少ない半貴石であるラピスラズリとトルコ石を割り当てられた12月の生まれであることにちょっとガッカリした。石への隔意が生まれた。

パワーストーンブームに日本が沸いた時期、しがない地方民であった当該オタクの知覚できる範囲に天然石を商う店がやってきた。
小遣いの大半を漫画とラノベとゲームに費やしていた当該オタクに石を買う金はなかったが、ウィンドウショッピングできれいな石を見ると視覚的に癒された。
パワーストーンブーム全盛期のため、石の知識には石言葉というものがまとわりついた時期でもあった。当該オタクは感覚的にそうした概念は好きになれなかったが、受験期には「学業に効果がある」と嘯かれた石を買い求め、学業のお守りと一緒に通学鞄に入れていた。藁にもすがりたい気分だったのだ。
志望校に受かり、藁にもすがりたい時期を脱した当該オタクはだんだん石から離れていった。パワーストーンという売り方がピンとこなかったのと、大学生活がそれなりに忙しかったゆえだった。

時はメッチャ流れ、当該オタクは既婚子持ち30代パート主婦になっていた。
当該オタクはいわゆるツイ廃で、子の寝た後のわずかな時間にTLをスワイプしていると、フォローとRTで応募する類のキラキラした石のプレゼント企画のツイートが流れてくるようになった。
そういうルースのジャラジャラする様子は物珍しく、楽しかった。
フォロワーが幾人か石沼に落ち、購入した石を写真に撮ってツイートした。それらを見ているうちにフンワリとした石への隔意は薄れ、興味が募っていった。「ミネラルショー」という、まるで石のコミケのような催事があることを知ったのもこのタイミングだった。

いつものようにTLを眺めていると、地元でミネラルマルシェという石のコミケが開催されるという情報を得た。それも予定のない近日中にだ。
これ幸いと当該オタクは夢メッセに赴き、大量の見たことのない石の現物という視覚情報に翻弄され、見事にイベントの空気に呑まれた。
土の中からタンブルストーンをたくさん掘り起こすブースでは足を小鹿のようにしながら童心に返って土を掘り、豚バラみたいな面白い石を買い、ルースケースというガラス張りの小さな箱に納められたルースを大量に見た、買った。アクセサリーになっていないそれらの原石やルースは手が届くお値段なのにきらきらでたのしい!もっと石のこと知りたい!
不遇な誕生石とか、パワーストーンへの引っ掛かりとか、そういうフワッとした隔意はもうどっかに吹っ飛んでいた。
こうして一匹のオタクは石沼に足を踏み入れたのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?