話の流れに驚いて「(夜道に)気をつけろよ」と言ってしまった話

 時折、SNSでこんな話を目にする。

「絵を描いてもらえますか」
「ご依頼ありがとうございます。絵の内容によって料金が異なりますが、どのようなものをご希望でしょうか?」
「簡単な絵でいいので、無償で描いてください」

 また、こんなパターンもある。

「〇〇さんのハンドメイドアクセサリーを譲ってもらえませんか? 色がとても好きです」
「作品を気に入ってくださってありがとうございます。こちらのサイトから購入することができます(URL)」
「お金がないので買えません。でも〇〇さんの作品が好きなので欲しいです。余ってる材料で作ったやつでいいので、ただでくれませんか」

 この他にも、写真家の方が近所の人に卒業式などの写真を撮ってほしいと頼まれるという話も聞いたことがある。(相手の中では無償であることが前提で、「無料でやって欲しい」という話すら出ないという。)

 私もクリエイターの端くれなので、こういう話を聞くたびに心が痛む。不安にだってなる。
 絵を描くことも、ハンドメイドも、写真撮影も、技術があるからこそハイクォリティのものができるのであって、技術がなければ素人レベルのものしかできない。そして、技術を身につけるためには時間や費用や労力がかかる。その技術を『ただで』提供させようとする人がいることに驚きを隠せない。

 だから私は、知人にこの話をしたいと思った。
『自分の技術を安売りしないこと』『誰かの技術を安く買いたたかないこと』という注意喚起のつもりだった。
 知人はとてもたくさん小説を読む人だ。紙の本も、Web小説も。私が小説を書くことも知っているし、何度か読んでもらったこともある。
 だから、クリエイターの苦悩を、きっとわかってくれると思っていた。

 私は、とある漫画家の話をした。相手にとってなじみのある名前を出すほうが伝わりやすいと思ったのだ。
 その漫画家はとても有名な人で、たくさんのキャラクターを世に生み出している。だが同時に、自治体などにも無償でキャラクターを提供していたのだという。
 それも一体や二体ではなく、数百体も。
 無償ということは、つまり『ただ働き』ということだ。

 知人は言った。
「その人なら、キャラもたくさんグッズ化されているし、お金がたくさんあるはず。無料で引き受けてもいいのでは? それに、宣伝にもなるし」

 私は言葉を失った。
 いくらプロだとはいえ、数百体ものキャラを無償で提供することが、どれほど大変なことか。いや、プロに頼むからこそ無償では失礼にあたる。
 無償でやらせるということは、相手の技術を認めていないということである。
 技術を認めていないということは「誰でもできると思っている」ということである。それなら依頼者が自分でやればいい。

 それに、「宣伝になる」という言葉があまりにもテンプレ過ぎて言葉を失った。
 無償で絵を描いて欲しいという人の中には「アイコンに使ってあげる。いい宣伝になるでしょ」と言い放つ人がいると聞く。
 断ると「せっかく頼んであげたのに」「フォロワーにそんなこと言っていいの?」「人気が落ちちゃうよ?」「そんなだから売れないんだよ」と暴言を吐く人がいると聞く。
 言葉を巧みに操っていい気になっているつもりなのかもしれないが、何を言っても『ただ働きをさせようとしている魂胆』に変わりはない。

 まさか、目の前にいる知人からそんなテンプレ通りの言葉が飛び出すなんて思っていなかった。
 こんなやつはクリエイターの敵である。許してはならない。
 気がついたときにはその言葉が口から飛び出していた。

「気をつけろよ」

 夜道に気をつけろ。あるいは、背後に気をつけろ。といった意味を込めて。
 もちろん、実際に背後から何かをする度胸なんてない。

 そして、私の言葉を「車に気をつけろよ」の意味だと受け取った知人は、手を振って歩いていったし、なんならこの知人とはその後もちょくちょく顔を合わせているのである。

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