タイトル未定

プロローグ:

私が初めてその人に出会ったのはあの夏の日、部活の先輩に誘われて、花火大会に行った日のこと。楽しそうに人が行き交う中、一人、その人は焼きそばを片手に美しく咲く花火を眺め、泣いていた。

1章:変な人

私の名前は東 涼葉(あずま すずは)。
南桜(なんおう)高校に通う1年生で、ようやく高校にも慣れてきたかなって感じで、まだまだアオハルなJKライフとは程遠い生活を送っている。ちょっと前はパン咥えてダッシュで登校!途中の曲がり角でイケメンとぶつかっちゃったりして!

なーんてマンガみたいな展開を妄想してたけど、もちろんそんなオイシイ話が転がってるワケもなく、運動オンチな私は女子ハンドボール部にマネージャーとして入部することになって、もう夏休み直前。
毎日毎日部活部活で、休日に友達とショッピング→スタバに行ってインスタ映え、カッコイイ彼氏と放課後デート、なんていうのは夢のまた夢。部活には同級生先輩含め、周りを見ても女子しかいない。そりゃそうだよ、だって女子ハンドボール部だもん。男子との合同練習もあるにはあるけど、注目されるのはプレイヤーの子達ばっかりで、マネージャーの私は見向きもされない。あーあ、夏休み前に彼氏作って、一緒に夏休みを謳歌したかったなぁ…。期末テストの数学で赤点取ってお母さんに怒られるし、部活でもマネージャーとして飲み物補充しておにぎり作ってるだけ。こんなんじゃ恋愛なんて出来る気がしないよ…。そんな暗い気持ちを抱えながら、夏休みは始まってしまった。もちろん夏休みも部活三昧で、私に休みなんてものは無い。けど、お盆は丸々オフだってことがわかって、少し希望が持てた。お盆前最後の部活の日、練習が終わって帰り支度をしてたら、先輩の中で1番仲のいい橘 瑠璃華(たちばな るりか)先輩に声をかけられた。

橘:「涼ちゃんお疲れ。ところで、週末って空いてる?私と玲奈で花火大会に行こうと思ってるんだけど、涼ちゃんも行かない?」

玲那っていうのは橘先輩の親友で、私や橘先輩と同じ女子ハンドボール部に所属してる、宮野 玲那(みやの れな)先輩のこと。私もよくしてもらっている。

東:「瑠璃先輩お疲れ様です!週末は空いてると思います!でも他のみんなと行かなくていいんですか?年下のマネージャーなんかに気を遣わなくても…」

橘:「いいのいいの!あの子達は別のグループで行くみたいだしそれに、遊びに誘うのに年下とか、マネージャーとか、関係なくない?そんなにウジウジしてたら、彼氏も出来なくなっちゃうよ?」

東:「一言余計ですよ!そういうことなら是非!あ、そろそろ行かないと電車逃げちゃいますよ!早く行きましょう!」

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(先輩と花火大会、楽しみだなぁ。浴衣着れるかな?太ってないといいけど…それとお母さんに帯結んでもらって…)

東:「あ!お小遣いも貰わないと!ハイスタのCD買っちゃったからもうお金無いよ…またお母さんに叱られるぅ…」

そして涼葉は、案の定母親に叱られたものの、翌週のことを楽しみにしながら、眠りについた。
それからは、日々の部活も、来週には楽しい楽しい祭りがあるのだと自分に言い聞かせながらいつも以上に精を出して取り組んだ。

※ ハイスタとは、若い女子に大人気のアイドルグループのこと。Highway S.T.A.R.S.の略

花火大会当日、午後5時半頃、S県K市呉塩町(くれしおちょう)駅前。江戸時代から文化の交差点と呼ばれ栄えてきたこの街で1番大きな花火大会が始まろうとしていた。1番大きいというのは伊達ではなく、家族連れやカップルなど、辺りは人で溢れかえっていた。

東:(いくらなんでも早すぎたかな?まだ先輩も来てないっぽいし。それにしても先輩達はどんな浴衣来てくるんだろうなぁ。きっとすっごくかわいいんだろうなぁ…)

東は、黒い生地にピンクや紫の花柄をあしらった浴衣を着ている。

しばらくして、橘が待ち合わせ場所に到着した。紅色の生地に白い花柄がよく映える派手な色味ながらも主張し過ぎない浴衣だ。下駄を履いている為か、普段より少しばかり背が高く見える。

橘:「あれ、随分早いね。まだ10分前だよ。いつから待ってたの?」

東:「えへへ、楽しみで30分前に来ちゃいました。」

橘:「そんなに早く?!楽しみにしててくれたのは嬉しいけど、さすがに早すぎじゃない?」

東:「いいんですよ!」

続いて宮野も到着する。彼女は橘とは対照的に、蒼い生地に淡い黄色の花柄の、彼女の性格を表したような、涼しい色合いの浴衣を着ている。

宮野:「ごめんごめん、待った?」

橘:「まだあと10分あるよ。私たちが早すぎただけ、じゃあ行こっか。」

会場である呉塩町の中心を流れる柳野(やの)川の河川敷に到着した。この川は日本でも屈指の流域面積を誇り、花火を上げるには最適の場所なのだ。

東:「やっぱり人多いですね〜。先輩何食べるんですか?」

橘:「食べ物よりもまず場所取りだよ!せっかくの花火だし、よく見えるところ取っとかないとね。」

宮野:「じゃあ私が場所取って来るから、2人はご飯買いに行ってなよ。その代わり瑠璃、あんた私のご飯も買ってきてよね。焼きそばといちご飴。お願いね。」

そう言って宮野は小走りで去ろうとするのを東が呼び止めた。

東:「待ってください玲奈先輩!ここは後輩の私に場所取りさせて下さい。さすがに先輩にやらせる訳には行きません。」

宮野は振り返り、呆れたように溜息をつき、

宮野:「はぁ、お祭りの日ぐらい、先輩後輩考えずに遊べないの?いいから行ってらっしゃい。」

橘:「玲那の言うとーりだよ。今日は同い年の友達だと思って。」

東:「でも…」

宮野:「いいからいいから!ほら!」

東:「わ、わかりました!わかりましたから押さないでください!」

2人は屋台が立ち並ぶ河川敷を歩いていた。
涼葉の手には焼きそばと唐揚げ、腕には綿あめの袋が提げてある。

橘:「…よく食べるね。」

東:「うぐぅ!!…言わないでください…」

東:「せっかくお祭りなんですから、多少羽目外してもバチは当たりませんよ。」

カランカランカラーン!!!!オオアタリーー!!

どうやら射的の屋台の方からだ。誰かが1等の景品を倒したらしい。

橘:「へ〜、よっぽど上手いんだろうね。あれ倒せる人なんていたんだ…。」

東:「先輩もさっきやってましたもんね。1個も当てれてませんでしたけど、あれって底に両面テープとかついてるんじゃないですか?」

橘:「だとしたら今の人も倒せてないよ。てゆーか、随分バカにしたような言い方じゃない。」

東:「い、いやいや!別にそんなつもりは…」

橘:「わかってるよ。冗談だってば。」

ヒューーーーーーーーーーーーー……ドーーーーン

東&橘:「あ…」

橘:「……玲那に怒られるね。」

東:「急ぎましょうか…」

急ぐと言っても浴衣に下駄、手には食べ物。走ることなど出来はしない。

なんとかできる限りの早歩きで、玲那の元へと向かっていると、1人の青年が目に付いた。

その人は焼きそばを片手に、美しく咲く花火を眺め、そして泣いていた。

橘:「あ、鞘上」

次の瞬間、その人の目から涙は消えていた。ほんの一瞬で涙を拭ったのかもしれない。
そんなに人に知られたくなかったのかな?

鞘上:「ん?あぁ橘か。後ろのその子は?」

橘:「ウチのマネやってくれてる後輩の東涼葉ちゃん。」

鞘上:「へ〜。東涼葉かぁ。いい名前だね。俺は鞘上。鞘上明常(さやがみ はるひさ)。そこの橘とは、クラスメイトで、いつもいつもいじめられてr…」

橘:「ん?」

鞘上:「黙ります。」

橘:「てか1人なの?アンタ友達いないわけじゃないだろうし、むしろ多い方じゃない?1人なんて珍しいね。」

鞘上:「いちいち一言余計なんだよ。まぁ確かに1人だけどさ、なんてゆーか、1人で来たかったんだよ。」

橘:「ふーん……あ、なるほどね。」

鞘上:「そーゆーこと。」

橘:「てかその袋、無駄にデカいけどどったの?」

鞘上:「あぁこれ?さっき射的屋で1等当てた。最新型のゲーム機らしいよ。後で売りに行くつもり。」

橘:「らしいって何よ。まぁあんたゲームとか全然やんないだろうし、知らないのも売りに行くのもわかるけどさ。じゃあ私たち、早く行かないと玲奈が怒るから。じゃあね。」

鞘上:「おう、またな。涼葉ちゃんも。」

東:「え、あ、はい、さようなら。」

…よくわからない人だった。楽しそうで、悲しそうで、嬉しそうで、辛そうで、そんな顔をしていたような気がする。

東:「…先輩」

橘:「なに?」

東:「あの人…鞘上さん、泣いてませんでしたか?」

橘:「うん。泣いてた。私たちに見られないようにすぐに拭ってたけどね。」

東:「やっぱりそうですよね…あの、理由聞くのって、迷惑ですかね?」

橘:「んー、まぁ色々あったんだよ。」

東:「先輩はなにか知ってるんですか?」

橘:「まぁ一応ね。昔からの腐れ縁だし。鞘上ってなんかよくわかんない奴でしょ?多分、最初はみんなよくわかんないって思う。」

東:「…でも、なんか、気になる人ですね。」

橘:「そうだね。不思議と人を惹きつけるんだよ。鞘上はさ。」

そうしてその日は、2人で玲那先輩に怒られて、花火を見て解散した。

……鞘上明常……変な人。

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