朝2

 当時の私から見た母は、なんと言うかそうですね、朗らかで無垢と言いましょうか。    

たまに子どもの私から見ても間が抜けていると思える節もあり、しっかりしてると言うよりは、ふわっとしてる感じです。

夏の空に浮かぶ真白な雲がふわふわと浮かぶように、何することもなく漂っているだけかと思うと、良く見ると微妙にもくもくと立ち上る様に形を変え掴み所を見せない風は我ながら良い例えだと思います。

 それから、夏の入道雲の様にどこか圧倒的な存在感があった気がします。

 母は否定をしない人でした。後から思い返してみても、母が否定的な発言をしていた記憶がひとつもありません。

教育の為に敢えてしていたのか、先天的な性格なのかはいまとなってはわかりませんが、少なくともそのお陰で私は自由奔放に過ごすことが出来ました。

 私は母の右肩をポンポンと軽く叩きました。
母はくるっと振り替えると
「わっ玲ちゃんおはよう!」
イヤホンジャックを外しながら言いました。
「うん、お水もらえる?」
「お水ね、ちょっと待ってて。」
そう言って母は冷蔵庫へ向かうと、中から作り置きしてある麦茶を取り出してコップへと注ぎます。
私は、(いや水って言ったんだけどな)と心の中で思いましたが、結局どちらも一緒かと納得し口には出さずに麦茶を受け取りました。
「ありがと。」
ようやく不快な喉の渇きから解放されると勢い良く麦茶を飲み干しました。
飲み終えると隣で母がニヤニヤとした顔で待ち構えています。
「玲ちゃんおめでとう!今日は成人式だね。」
母のテンションは起きたばかりの私には些か反応に困る程で、なんと返せば良いか的確な言葉が直ぐには浮かばず、
「うん、ありがとう」
とりあえずそのように返したかと思います。
今思えば、何におめでとうで何にありがとうなのか、もう少し考えてみても良かったなと思います。
「着付けの予約してるんでしょ?何時に出るの?」
「駅前の美容室に7:00だから6:45には出ようかなと思ってる。」
「駅前ね、お母さん時間あるから送っていこうか?」
私は真冬の早朝に駅まで歩くのは確かに億劫だと思いましたが、友達と待ち合わせをしていたこともあり、母親に送ってもらう姿を同級生に見られるのも嫌だなと天秤にかけていました。
「ううん、大丈夫。歩いていくよ。」
「そっか、わかった。今日は何時に帰るの?」
何時に帰るの?は母の口癖でした。
「成人式は午後には終わるからお昼ごはんは家で食べると思う。その後夕方から地元の集まりがあるみたいだから夜は何時かはわからないかな。」
本日、成人式にて晴れて成人すると言うのに、帰りの時間を律儀に説明する自分がなんだかおかしくも感じましたが、私もいつもの癖でそう答えていました。
「お父さんは?」
「まだ寝てるみたいね、休みの日でも7:00前には起きるからちょうど玲ちゃんと入れ違いになるかも。」

 父はどちらかと言うと寡黙な人でした。おちゃらけたりふざけたりするようなことは無く、1本道をひたすら歩いているような人です。私の家では決定権は基本的に父にありましたが、私と母があーでもない、こーでもないと議論を尽くした結果を父に報告し、その報告はほとんどの確率で可決されるといった流れです。

この頃の私は子供の頃と比べると父とは少し距離を置いていた気がします。もちろん、仲が悪いとか嫌っているわけではありませんが、自然とそうなったと私は解釈しています。

或いは、普通はそういうものなのだと思っていたのかもしれません。何せ誰かの子供をするのは初めてのことでしたので。

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