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ノーマン・コーン『新版 魔女狩りの社会史』

☆mediopos2689  2022.3.28

ヨーロッパ中世の「魔女狩り」というと
過去に起こった愚かな事件であって
じぶんはそれとは無関係である
いまでは多くのひとはそうとらえるだろうが

「魔女狩り」はいつの時代にも
姿をかえてあらわれている
わたしたちもそれに無縁であるとはいえない

「魔女狩り」は悪意によって
行われる場合もあっただろうが
本書によればその「機動力は、
宗教的な熱心さによって与えられたのである」

拷問は「悪霊の緊縛を打ちくだく」ために
「魔女自身のために戦われ」
「自白を行い、炎の中で死に絶える魔女」にとって
それは「罪を浄め、救済をかち得るチャンス」だった

つまり「魔女狩り」は「善」であり
「正義」であり「救済」でもあったのだ

現代において「魔女狩りの社会」から学ぶことは
その赤裸々な事実をわたしたちみずからに
照らしてみる勇気だろう

大規模な魔女狩りは
「俗界の知識人の悪魔への強迫観念を反映した」が
個々の魔女裁判は「農村レベルの人間どうしの間の
恐怖と憎悪を反映した、という事実」も
踏まえておく必要がありそうだ

「俗界の知識人」そして「農村レベルの人間」とは
現代においてはどんな人たちに相当するだろうか
そしてそれらの人たちが依拠しているのは何だろう

ここ数年来
そしていままさに起こっている
世界的な事件のなかにあてはめてみるだけでも
現代における「魔女狩り」「魔女裁判」の
現実は浮かび上がってくるだろう

しかも現代はかつての時代に比べ
事情は複雑かつ巧妙である
なおかつ現代の「魔女狩り」を
意図的に実行する善良を装った姿さえ垣間見える
その意図と指示のもとに
多くの人たちはみずからの善や正義を疑わず
それをみずから進んで実行しようとする

■ノーマン・コーン(山本通訳)
 『新版 魔女狩りの社会史』
 (ちくま学芸文庫 筑摩書房 2022/3)

※冒頭で掲げられているモンテーニュのエピグラフより

「まったく習慣というものは、本当に乱暴で陰険な女教師なのである。それは少しずつ、そっと、我々のうちにその権力の根を植えつける。けれども、始めこそそんなに優しくつつましやかだが、一たび時の力をかりてそれを植えつけてしまうと、たちまちに怖ろしい暴君のような顔をあらわす。そうなると、我々はもう、目を上げてこれを見る自由さえなくなってしまう。
 モンテーニュ『随想録』一巻二三章(関根秀雄訳、新潮社版、一九七〇)」

(「序文」より)

「この本はヨーロッパ中世のある妄想と、その帰結に関する研究である。」

「我々がこの妄想と最初に出会うのは二世紀においてであるが、この時代には、異教徒のギリシア人とローマ人がローマ帝国内部の小さなキリスト教徒の共同社会にそれを押しつけた。これらの不運な人びとは、赤ん坊や幼児が儀式として殺される集会と、これらの犠牲者の遺体が儀式としてむさぼり喰われる饗宴を催すとして非難された。彼等はまた、親と子のあいだの近親相姦を含むあらゆる形の性行が自由に行われる性愛のオルギーを催すと非難され、獣の形をした奇怪な神格を崇拝するとも非難された。

 中世のキリスト教世界においては、数多くのカトリック教会反対グループ、すなわち異端的セクトが、原始キリスト教徒が非難されたのと同じような行いをしていると非難された−−−−それに加えて彼等は、十字架に唾を吐き、踏みつけるというような、また、何らかの多かれ少なかれ卑猥なやり方で形に表して行われる魔法崇拝というような瀆神的な行為をしている、と非難された。そのように非難されたカトリック教会反対者たちが、一般的に想定されてきたように主として異国的で非キリスト教的なカタリ派だったのではなく、逆にワルド派とフラティチェリ派という誠実にキリスト教とたらんとしたグループだった、ということを発見して、私は驚いた。五、六世紀ものあいだ、ある程度まで彼等につきまとっていたそしりを晴らすことが、史実の再検討によって、すべての事柄において可能だということがわかった。まさに同様な非難がフランス国王フィリップ美王によってテンプル騎士修道会の壊滅を果たすために援用された。」

「一六世紀か末から一七世紀にイングランドで起こった魔女裁判が、規模においてばかりでなく雰囲気においても、同時期にヨーロッパ大陸の大きな地域を席巻した大規模な魔女狩りと非常に異なる、ということが昔から知られていた。私は、ヨーロッパ大陸自体の中でも、個々の魔女裁判と大規模な魔女狩りとの同様なコントラストが時々見られることを示して、何故そういうことが起こったのかを説明しようとする。それを説明する鍵は、次のような事実の中にあるように思える。つまり、一方では大規模な魔女狩りが、とりわけ俗界の知識人の悪魔への強迫観念を反映したのに対して、個々の魔女裁判が、とりわけ農村レベルの人間どうしの間の恐怖と憎悪を反映した、という事実なのである。」

(「第一二章 魔女狩りは実際に、どのように始まったのか(二)」より)

「魔女狩りは、概してシニカルな行動であったのではない。財政上の貪欲や意識的なサディズムは、決してすべての場合に欠落していたわけではないけれども、主要な機動力になったのではない。魔女狩りの機動力は、宗教的な熱心さによって与えられたのである。拷問でさえも、それを使用した人々のほとんどにとっては、合法的であるばかりではなくて、宗教的に必要なものとされた。魔女は悪魔と同盟を結んでいるばかりではなく、悪霊によってしっかりととらえられている、と考えられていた。拷問の目的は、そのような悪霊の緊縛を打ちくだくことにあった。裁判の一つ一つが、神の諸力と悪魔の諸力とのあいだの闘争であった。−−−−そしてその闘争は、とりわけ、魔女自身のために戦われた。自白を行い、炎の中で死に絶える魔女には、少なくとも彼あるいは彼女の罪を浄め、救済をかち得るチャンスがある、と考えられた。他方、神は、無実の人々には、どれほどの拷問を与えられても、それに耐えられるような力を与えられるだろう、と考えられていた。そして、拷問を耐えきることのできた少数の人々が−−−−それは、魔女狩りの最高潮の時期においては、およそ一〇人に一人であった−−−−以前の諸世紀においては知られておらず、あるいは拒否されていたのに、自明の真理として当然のことと思われるようになった信仰に従って行動する官僚制−−−−による、無実の人々の大量虐殺の最高の一例とみなされ得る。それは、ステレオタイプを作りあげる人間の想像力のものすごさと、そのステレオタイプがいったん一般的に受け容れられてしまうと、人間の想像力はその正しさを容易に疑おうとしないということの両方を、生き生きと照らし出す。二十世紀が始まる以前では、悪霊化の作用と影響の恐ろしさは、魔女狩りにおいてもっとも激しく表されたのである。」

(黒川正剛「文庫版解説 学際的な魔女狩り研究を切り開いた先駆者」より)

「なぜ、このような大規模な迫害が起こったのか、それも魔女という、現代の私たちから見ると幻想的な存在を実在するものとみなして火炙りにしたのか。魔女なりという特異な歴史的現象の核心にあるこの重要な問題を、古代ローマ時代から中世末にかけてのヨーロッパ社会で連綿としれ受け継がれてきた迫害表象の分析から解明したところに、本書の一つめの特色がある。反社会的とみなされた数々の集団に対して捏造され、ステレオタイプ化した迫害表象が社会転覆を目論む陰謀論と手を携え蓄積された結果、近世の魔女像が結晶化し、本格的な魔女狩りに至るという構図である。」

「陰謀論と迫害・差別が関連性をもち、現代世界においても深刻な様相を呈することは先のアメリカ大統領選の騒動でも明らかである。(・・・)SNSを含めてインターネット上で真偽入り混じった情報が飛び交い、宗教・民族問題が世界中で噴出している今後の人類社会の行方を考えていく上で本書から得ることは少なくない。コーンが本書で問題にしているのは、「悪の権化として想像されたある種の人間たちを絶滅することによって、この世を浄めようとする衝動」であり、「今でも我々はそういう衝動を抱きつづけている」という極めて現代的な問題なのだ。」

「コーンが本書冒頭で掲げるモンテーニュのエピグラフ(・・・)で言及されている「習慣」の恐ろしさは、まずは「内なる悪霊」にとり憑かれて、「妄想」と迫害が習慣となり、最終的に魔女のステレオタイプを作り上げ膨大な火刑を生み出したことに関わるのだろう。魔女に関わる妄想/幻想(に過ぎないもの)が数多の処刑という現実(リアリティ)を生み出してしまったのである。ある種のヴァーチャルリアリティの暴走と言えるだろうか。現代に生きる私たちにとって無縁な話ではない。(・・・)誰しも「習慣」にとらわれ、「内なる悪霊」にとり憑かれる可能性がある。そのような警句をコーンは本書を通して発していたのだと思われる。本書は今後も読み継がれるべき必読書である所以である。」

【目次】

序文
謝辞
第一章 古代における序幕
第二章 悪魔とその力にかんする見解の変化
第三章 中世の異端の悪霊化(一)
第四章 中世の異端の悪霊化(二)
第五章 テンプル騎士団の壊滅
第六章 儀礼的魔術の実在
第七章 悪霊を崇拝する魔術師は存在しなかった
第八章 魔女の社会は実在しなかった
第九章 民衆の想像の中での夜の魔女
第十章 魔女狩りの開始についての誤った通説
第十一章 魔女狩りは実際に、どのように始まったのか(一)
第十二章 魔女狩りは実際に、どのように始まったのか(二)
訳者あとがき
文庫版解説 学際的な魔女狩り研究を切り開いた先駆者 黒川正剛
書誌的註解





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