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ジェイソン・ヒッケル『資本主義の次に来る世界』

☆mediopos-3173  2023.7.26

わたしたちは
資本主義という(悪)夢を生きている

資本主義はGDPの成長を基本とし
その代償として
生態系の破壊をもたらすことになる

それは生命ある世界との
「互恵」関係に根差すことなく
与えることよりも
支配と搾取を軸とする経済システムであるからだ

そのシステムにおいて
自然や身体は「外部化」され、
「ニーズ」や「欲求」が
人為的に創出されるようになる

したがってそのシステムにおいては
社会と生態系のコストは計算に入らず
与えられた「ニーズ」や「欲求」を
常に更新することが強いられそれが持続していく

GDPの成長と生態系破壊は深く関係し
多くの科学者の間でも
そのコンセンサスが形成されつつあるが

2017年にナンシー・ペロシが
「資本主義に代わる経済のビジョンを
示すことができるだろうか」という
大学生の質問に
「わたしたちは資本主義者であり、
これが現実」だと答えるしかなかったように

「成長は必要だという支配的な信念は
正当性に欠ける」ことが明かだとしても
世界の支配者層にとっては
「自分たちの取り分を増や」し
「資本蓄積のメカニズムを加速させ」ること以外に
「現実」はないようだ

本書『資本主義の次に来る世界』の著者
ジェイソン・ヒッケルは
その「現実」の延長線上にある「破滅」ではなく
「希望」をこそ強く語っている

「どうすれば、支配と採取を軸とする経済から生物界との
互恵に根差した経済へ移行できるか」

悪夢から醒めるためには
「成長」しなければ
生活も豊かさも破綻してしまう
という刷り込みを解除しなければならない

「夢から逃れるには、心に刻み込まれた轍、
文化に焼きつけられた前提、
政策を形づくるイデオロギーから逃れる必要がある」といい

それには「勇気と鍛練を必要と」し「終着点ははるか先」で
「今はまだ、その可能性はかすかなささやきにすぎないが、
ささやきはやがて風となり、
いずれは世界に旋風を巻き起こす」未来を見据えている

わたしたちはさまざまな「洗脳」によって
ほんらいの「豊かさ」や「幸福」をみずから捨てている

すぐに(悪)夢から醒めることは難しくとも
まずはじぶんが(悪)夢を見ているのだと気づき
じぶんがその夢のなかで
どんな世界をつくりだしているのかを確かめ
そのプログラム(洗脳)を解除する方向へと
一歩ずつ確かに歩んでいけますように

■ジェイソン・ヒッケル(野中香方子訳)
 『資本主義の次に来る世界』(東洋経済新報社 2023/5)

(「はじめに 人新世と資本主義」より)

「2017年末、科学者のチームが少々奇妙でかなり心配な発見を報告した。彼らはドイツ自然保護区に生息する昆虫の数を数十年にわたって計測してきた。虫は大量にいて、そのような調査は不要だと思えるので、こうした研究に時間を費やす科学者はごくわずかだ。そのため、この珍しい調査の結果に誰もが注目した。それは衝撃的だった。ドイツの自然保護区では、この25年間で飛ぶ昆虫の4分の3が消えたのだ。原因は、周辺の森林が農地に変えられ、農薬が大量に使用されたことだと彼らは結論づけた。
 この研究結果は急速に広まり、世界中で話題になった。「わたしたちは広大な土地を生物の大半が棲むに適さない場所に変え、今や生態学的アルマゲドンに向かっているようだ」と科学者の一人は言った。「昆虫がいなくなったらすべて崩壊する」。昆虫は植物の受粉と繁殖に欠かせないだけでなく、有機廃棄物を分解して土に変えている。他の数千種の生物の食料にもなっている。取りに足らない存在のようでいて、生命の網の重要な節(ノード)なのだ。人々の不安を裏づけるかのように、数ヶ月後、二つの研究が、フランスの農業値域における昆虫の減少が鳥の消滅をもたらしたことを報告した。わずか15年間で、鳥の平均個体数は3分の1に減り、いくつかの種————マキバタヒバリやヤマウズラなど————は80%も減少した。同じ年、中国のニュースは、昆虫の死が受粉の危機を招いたことを伝えた。労働者が作物の間を歩いて手作業で受粉させるという無気味な写真が流布した。」

「本書が語るのは破滅ではない。語りたいのは希望だ。どうすれば、支配と採取を軸とする経済から生物界との互恵に根差した経済へ移行できるかを語ろう。」

「生態系の崩壊を防ぐにはテクノロジーが欠かせない。ありとあらゆる効率の向上が必要だ。しかし科学者たちは、テクノロジーは問題を解決しないことをはっきり理解している。なぜなら成長志向の経済では。人間の影響を減らすのに役立つはずの効率向上が、成長目標を推進するために利用され、ますます多くの自然を原料採取と生産のサイクルに放り込むからだ。テクノロジーではなく、成長が問題なのだ。」

「2017年、テレビ中継されたニューヨークのタウンホール・ミーティングで、トレバー・ヒルという名の大学2年生が立ち上がり、世界有数の権力者で、当時、アメリカ下院議長だったナンシー・ペロシに率直な質問を投げかけた。この若者は、18歳から29歳までのアメリカ人の51%が資本主義を支持していないことを示すハーバード大学の研究を利用し、ペロシが属する民主党はこの急速な変化を受け入れ、資本主義に代わる経済のビジョンを示すことができるだろうか、と尋ねたのだ。
 ペロシは明らかに当惑していた。「ご質問に感謝します」と彼女は言った。「けれども残念ながら、わたしたちは資本主義者であり、これが現実なのです」
 この映像は瞬く間に拡散した。それが人々に強いインパクトを与えたのは、資本主義を公然と疑問視するのはタブーだということを浮き彫りにしたからだ。トレバー・ヒルは筋金入りに左翼というわけではない。平均的なミレニアル世代で、聡明で、情報に通じ、世界に興味があり、より良い世界を創造したがっている。彼は真摯に質問したが、ペロシは受け止めることができず、言葉に詰まり、身構え、自分の立場を正しいとする理由を述べることさえできなかった。資本主義はあまりにも当たり前になっているので、支持者たちは、資本主義を正当化する方法さえ知らないのだ。ペロシの回答————「これが現実」————は、質問を封じることを意図していた。しかし逆効果だった。疲弊したイデオロギーの脆さが露呈したのだ。あたかも『オズの魔法使い』でカーテンが開き、真実が曝露されたときのように。」

「GDPの成長と生態系破壊の関連を示す証拠が増えるにつれて、世界中の科学者は自らのアプローチを変えてきた。2018年には、238名の科学者が、「GDP成長を放棄し、人間の幸福と生態系の安定に充填を置くこと」を欧州委員会に要求した。翌年、150か国以上の1万1000名を超える科学者が、「GDP成長と富の追求から、生態系の維持と幸福の向上にシフトすること」を各国政府に求める論文を発表した。ほんの数年前まで、こうしたことは主流派では起こり得なかったが、今では度録ような新しいコンセンサスが形成されつつある。」

「わたしはいつか故郷のエスワティニに戻って、再び虫の多さに驚くことを想像するのが好きだ。老いたわたしは、夕暮れのポーチに座って、子供の頃と同じように畏怖の念を抱きながら虫たちを見て、それらの音に耳を傾ける。この空想の中では、世界は大きく変わっている。高所得国は資源とエネルギーの消費量を持続可能なレベルに下げた。民主主義の実現に真剣に取り組み、所得と富をより公平に配分するようになり、貧困を終わらせた。豊かな国と貧しい国の差は縮まった。
(・・・)
一言で言えば、物事が治癒し始め、わたしたちも治癒し始めたのだ。しかも、誰も予想しなかったスピードで。わたしたちは、少なく取ることによって、はるかに多くを得たのである。

本書では、この夢について語ろう。その旅では500年に及ぶ歴史を辿ることになる。まずは現在の経済システムのルーツを探究し、このシステムが何を原動力として、どのように定着したのかを見て いこう。その後、生態系の崩壊を逆行させ、ポスト資本主義経済を構築するための堅牢で実践的なステップについて検討する。さらには大陸を横断し、わたしたちの想像の限界をはるかに超える方法で生物界と交流している文化やコミュニティを訪ねよう。

今はまだ、その可能性はかすかなささやきにすぎないが、ささやきはやがて風となり、いずれは世界に旋風を巻き起こすだろう。」

(「第1部 多いほうが貧しい」〜「第2章 ジャガノート(圧倒的破壊力)の台頭」より)

「なぜ企業は成長を強いられているのか?
アマゾンやフェイスブックなどの企業が拡大し続けるのは強欲だからだ、とよく言われる。マーク・ ザッカーバーグのようなCEOは金と権力に夢中になっているとも言われる。だが、現実はそれほど単純ではない。実際は、これらの企業とそのCEOは、構造的な成長要求に支配されているのだ。」

(「第2部 少ないほうが豊か」〜「第4章 良い人生に必要なものとは何か」より)

「世界の支配層は、世界で何が起きているかを熟知している。知らないと考えるのは、お人好しすぎるだろう。彼らは所得分布のデータを知っていて、そのデータに従って生きている。彼らの頭にあるのは、国内と世界の所得における自分たちの取り分を増やすことだけだ。彼らはより多くの成長を求めるのは、結局のところ、資本蓄積のメカニズムを加速させたいからだ、成長と人類進歩との関係についての彼らの主張は言い訳にすぎない。もちろん彼らは、成長がやがて貧しい人々の所得を向上させ、結果的に社会的対立が緩和されることを望んでいる。貧困層の所得が増えれば、支配層の蓄財は政治的に容認されやすいからだ。しかし生態系が危機に瀕している時代にあって、もはやこの戦略は通用しない。何かを変えなくてはならない。」

「成長は必要だという支配的な信念は正当性に欠けることが判明している。生態系の安定を犠牲にしてでも成長し続けることを主張する人々は、本当は必要でさえないもののために、文字通りすべてを危険にさらそうとしているのだ。」

「ここで、理解してくべき重要なポイントは、GDPは論理的必然性のない経済指標ではない、ということだ。GDPは間違っているわけではなく、修正すればすむ会計上の間違いでもなく、資本主義が順調に進んでいるかどうかを調べるために特別に考案されたものだ。GDPが社会と生態系のコストを計算に入れないのは、資本主義が社会と生態系のコストを計算に入れないからだ。したがって、政策担当者がGDPの測定をやめれば、資本は自動的に増収を追求しなくなり、経済はより持続可能なものになる、と考えるのは甘すぎる。幸福度に重点を置くことを唯一の解決策とみなす人は、この点を見逃しがちだ。社会を成長要求から解放したいのであれば、もっと賢くなるべきだ。」

(「第2部 少ないほうが豊か」〜「第5章 ポスト資本主義への道」より)

「成長しなくても繁栄できることを理解したら、わたしたちの視野は一気に広がる。違う種類の経済を想像できるようになり、気候変動という緊急事態にどう対処すべきかを、より合理的に考えられるようになる。それはいくらかコペルニクス革命に似ている。」

「脱成長————資源・エネルギーの消費を減らすこと————は、多面的な危機に対する生態学的に首尾一貫した解決策なのだ。良いニュースは、脱成長は人間の幸福に悪影響を及ぼすことなく実現できることだ。むしろ、人々の生活を向上させながら実現できる。なぜ、それが可能なのだろう。資本主義は使用価値ではなく交換価値を中心とするシステムであることを思いだそう。商品生産の大半が目指すのは、人間の要求を満たすことではなく、利益を蓄積することだ。したがって、成長志向のシステムは往々にして、人間の要求をあえて満たそうとはせず、要求を持続させようとする。そのことを理解すると、積極的かつ意図的に浪費する大規模経済の存在が見えてくるが。それは是認できるどの目的にとっても有益でなない。

「ステップ1————計画的陳腐化を終わらせる」

「ステップ2————広告を減らす」

「ステップ3————所有権から使用権へ移行する」

「ステップ4————食品廃棄を終わらせる」

「ステップ5————生態系を破壊する産業を縮小する」

「成長志向のシステムの目的は、人間のニーズを満たすことではなく、満たさないようにすることなのだ。実に不合理で、生態系にとっては暴力的だ。
 この仕組みを理解すれば、解決策はすぐ見えてくる。成長のために希少性が創出されるのであれば、人為的に創出された希少性を逆行させれば、成長を不要にできるはずだ。公共サービスを脱商品化し、コモンズを拡大し、労働時間を短縮し、不平等を減らすことによって、人々は豊かに暮らすために必要なものにアクセスできるようになる。しかも、そのために新たな成長は必要とされない。」

(「第2部 少ないほうが豊か」〜「第6章 すべてはつながっている」より)

「結局のところ、資本主義は「与えるより多く取る」という包括的な原則を拠り所にしている。この論理は囲い込みと植民地化に始まり、以来500年間、作動し続けている。余剰を蓄積するには、自然と身体をモノと見なして「外部化」し、それらから一方的に価値を抽出する必要があるからだ。」

「(企業)は生命より富の蓄積を重視する、歪んだ人格の見方だ。わたしたちはこの論理を180度転換できる。エクソンモービルやフェイスブックに人格を与える代わりに、生きた存在に人格を与えるのだ。企業を「法人」と見なすのであれば、セコイア、川、川の流域に人格を与えてもいいなずだ。
 ここ数年、ニュージーランドでは一連の驚くべき判決が下され、国際的な波紋を呼んでいる。2017年、ワンガヌイ川に法的人格を認める判決が下された。(・・・)現在、この川と、山から海までのこの川にまつわるすべての物理的要素と理念的要素は「不可分の生きた存在」として認められている。」

「生態系の危機は、人間を超えた世界との関係について、わたしたちを新しい考え方へ(というより古来の考え方へ)導いてるように見える。その考え方は、問題の核心へわたしたちを向かわせ、危機の大本になっている亀裂をどうすれば修復できるかを示唆し、より豊かな未来を想像する力を与えてくれる。それは資本主義の古い教義(ドグマ)から解放され、生命ある世界との互恵関係に根差す未来だ。
 生態系の危機は、求心的な政策対応を必要とする。高所得国はエネルギーと資源の過剰な消費を削減し、クリーンエネルギーへと急速に転換しなければならない。また、永続的な成長ではなく。人間の幸福と生態系の安定を重視するポスト資本主義経済へ移行しなければならない。しかし、それ以上に必要とされるのは、生物界との関係についての新しい考え方だ。」

「結局のところ、わたしたちが「経済」と呼ぶものは、人間どうしの、そして他の生物界との、物質的な関係である。その見解をどのようなものにしたいか、と自問しなければならない。支配と搾取の関係にしたいだろうか。それとも互恵と思いやりに満ちたものにしたいだろうか?」

(「謝辞」より)

「脱成長という考えは、わたしたちを夢から目覚めさせる。詩人ルーミーはこう記している。「座って、じっとして、耳を傾けなさい。あなたは酔っていて、わたしたちは屋根の端っこにいるのだから」
 もっとも、脱成長が意味するのは、進んで惨めな生活をしたり、人間の可能性に厳しい限界を設けたりすることではない。むしろ正反対で、豊かに生き、自分たちの行動とその理由について、より高いレベルの意識に到達することなのだ。
 しかし夢は強力だ。夢から逃れるには、心に刻み込まれた轍、文化に焼きつけられた前提、政策を形づくるイデオロギーから逃れる必要がある。それは生易しいことではなく、勇気と鍛練を必要とする。わたしにとっては長い旅であり、執着点ははるか先だ。それでもわたしは一歩ずつ前進している。そうできるのは、わたしを轍から引き上げ、世界を眺める新しい方法を示してくれる仲間の支えがあるからだ。」

【目次情報】
 はじめに 人新世と資本主義

第1部 多いほうが貧しい
 第1章 資本主義――その血塗られた創造の物語
 第2章 ジャガノート(圧倒的破壊力)の台頭
 第3章 テクノロジーはわたしたちを救うか?

第2部 少ないほうが豊か
 第4章 良い人生に必要なものは何か
 第5章 ポスト資本主義への道
 第6章 すべてはつながっている

 謝辞
 原注

◎ジェイソン・ヒッケル
経済人類学者。英国王立芸術家協会のフェローで、フルブライト・ヘイズ・プログラムから研究資金を提供されている。エスワティニ(旧スワジランド)出身で、数年間、南アフリカで出稼ぎ労働者と共に暮らし、アパルトヘイト後の搾取と政治的抵抗について研究してきた。近著The Divide: A Brief Guide to Global Inequality and its Solutions(『分断:グローバルな不平等とその解決策』、未訳)を含む3冊の著書がある。『ガーディアン』紙、アルジャジーラ、『フォーリン・ポリシー』誌に定期的に寄稿し、欧州グリーン・ニューディールの諮問委員を務め、「ランセット 賠償および再分配正義に関する委員会」のメンバーでもある。

◎野中 香方子(ノナカ キョウコ)
お茶の水女子大学文教育学部卒業。主な訳書にアイザックソン『コード・ブレーカー(上下)』(共訳、文藝春秋)、サイクス『ネアンデルタール』(筑摩書房)、ヴィンス『進化を超える進化』(文藝春秋)、ウィルミア/トーランド『脳メンテナンス大全』(日経BP)、ブレグマン『Humankind 希望の歴史(上下)』(文藝春秋)、シボニー『賢い人がなぜ決断を誤るのか?』(日経BP)、ズボフ『監視資本主義』(東洋経済新報社)、イヤール/リー『最強の集中力』(日経BP)、メディナ『ブレイン・ルール 健康な脳が最強の資産である』(東洋経済新報社)ほか多数。

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