見出し画像

デイヴ・グールソン『サイレント・アース/昆虫たちの「沈黙の春」』

☆mediopos2890  2022.10.16

レイチェル・カーソンが
「鳥の鳴き声が聞こえない春が来る」と警鐘を鳴らした
『沈黙の春』(一九六三)から半世紀以上が過ぎたが
今やこのままでは
「昆虫たちの羽音が聞こえない沈黙の春」が来ることになる

毒性の強い農薬
土壌の劣化
生息環境の激減
気候変動
そんなさまざまな要因が
昆虫たちの生態環境を破壊し続けている

昆虫たちがいなくなると
作物の受粉ができなくなり
他の生物の栄養源がなくなり
枯葉や死骸・糞の分解ができなくなり
土壌の維持ができなくなり・・・
というように
人類の生態環境にも甚大な影響が及ぶことになる

人間は昆虫なしでは生きていけない
というよりも昆虫だけではなく
地球全体の生態系のなかで
大きな役割をもっている存在がいなくなると
その失われた役割を他で補完することができなくなる

『サイレント・アース』の著者デイヴ・グールソンは
ネオニコチノイド系殺虫剤の使用禁止を
EU全域で実現させるべく働きかけを行った生物学者だが
昆虫たちと共存することの重要性を訴えているのが本書

ちなみに日本では
ネオニコチノイド系農薬への規制ががあまりにも緩く
一般での問題意識も度を超えて希薄なままだ
これは政治や教育そしてメディアといった
「公」からの情報を鵜呑みにして疑わない
日本人特有のメンタリティにも原因がありそうだ
昨今の感染症や戦争に関する情報などに関する
極端なバイアス情報を信じ込んでしまうのも同様である

著者のデイヴ・グールソンは
「大多数の人は昆虫のことをあまり好きではないと思う。
それどころか実際のところ、多くの人が昆虫を嫌っているか、
怖いと思っている」と率直なことを語り
さらに
「昆虫を愛するとまではいかなくても、
少なくとも昆虫の役割すべてを尊重してくれるように
人々を納得させる」ことを
みずからのミッションだとも語っている

日本でも同様なところはあるものの
おそらく昆虫図鑑がブームとなったりもするように
欧米に比べれば昆虫への親近感はそれなりにあるはずだが
どうも「大本営発表」のようなかたちで
具体的な指導がないかぎり行動を促すまではいかないようだ

少なくとも身近なところで生息している昆虫たちに
関心をもつようになるひとが増えればとも思うのだが
実際は「昆虫好き」が大勢になることは難しく
昆虫への無関心派ないし嫌悪派のほうが多そうだ
それは過剰なまでに「菌」を嫌悪する人たちとも通じている

昆虫の減少問題もそうだが
ほかのさまざまな問題についても
じぶんなりに調べ考え問うことのできる人たちが増えなければ
やがて人間そのものの「沈黙の春」がやってくることになる

現代は過去の時代よりも
じぶんで調べることのできる環境があるにもかかわらず
あいかわらず「大本営発表」に依存して疑わないことが多い
そのメンタリティが変わる時代は来るのだろうか

■デイヴ・グールソン(藤原多伽夫訳)
 『サイレント・アース/昆虫たちの「沈黙の春」』
 (NHK出版 2022/8)

(「はじめに 私の昆虫人生」より)

「一九六三年、私が生まれる二年前に、レイチェル・カーソンが著書『沈黙の春』で人間が地球をひどく傷つけていると警鐘を鳴らした。あれから状況が悪化しているのを目にしたら、カーソンは涙を流すことだろう。牧草地や湿地、荒れ地、熱帯雨林といった、昆虫に満ちた野生動物の生息環境がブルドーザーで切り開かれ、燃やされ、農地にされて、大規模に破壊されてきた。カーソンが大きく取り上げた農薬や化学肥料の問題はいっそう深刻になり、いまや世界中で毎年三〇〇万トンもの農薬が環境中に流出していると推定されている。こうした新たな農薬のなかには、カーソンの時代に存在していたあらゆる農薬より、昆虫にとって何千倍も毒性の強いものがある。土壌は汚染し、河川は泥に埋もれ、化学物質に汚染されてきた。そして、カーソン時代には認識されてきなかった気候変動が、すでに傷ついた地球にさらに脅威をもたらしている。これらすべての変化が人間の一生のうちに目の前で起こり、いまも加速し続けている。
 昆虫の減少は、この小さな生き物を愛し、大切にしている私たちにとって、耐えられないほど悲しいことではあるが、それだけではなく人間の豊かな暮らしをも脅かしている。作物の受粉、糞や枯れ葉、死骸の分解、健全な土壌の維持、害虫防除をはじめ、さまざまな目的で人間は昆虫を必要としているのだ。野生の花は昆虫がいないと受粉できない。昆虫が減っていくにつれて、私たちの世界は徐々に動きを止めてゆく。世界は昆虫なしでは成り立たない。レイチェル・カーソンが言うように、「人間は自然の一部えあり、自然に対して仕掛けた戦争は自分自身との戦争になる」のだ。」

「残された時間はなくなりつつあるが、危機を救う時間はまだある。昆虫たちはあなたの助けを必要としている。大半の昆虫はまだ絶滅したわけではなく、ある程度の空間を与えるだけですぐに繁殖できるから、すばやく回復できるのだ。昆虫は身の回りのあらゆる場所にすんでいる。(・・・)私たち全員が簡単な対策をとるだけで昆虫を支えることができる。」

(「第1部 なぜ昆虫が大切なのか」より)

「大多数の人は昆虫のことをあまり好きではないと思う。それどころか実際のところ、多くの人が昆虫を嫌っているか、怖いと思っているか、あるいはその両方の感情を抱いているのではないか。
(・・・)
私たちの大半が都市に住むようになって、昆虫をほとんど見ることなく成長するようになり、せいぜいイエバエや蚊、ゴキブリくらいしか目にする機会がなくなっているから、昆虫を怖いと感じる反応は以外ではないかもしれない。私たちの大半は未知のもの、なじみのないものを怖がるものだ。だから、昆虫が人類の生存にとって欠かせない重要な存在であることをわかっている人は少ないし、昆虫が美しく、賢く、魅力的で、謎めいた驚くべき存在であることをわかっている人はさらに少ない。昆虫を愛するとまではいかなくても、少なくとも昆虫の役割すべてを尊重してくれるように人々を納得させることが、私の生涯のミッションだ。」

(「第2部 昆虫の減少」より)

「過去五〇年で、私たちは地球の野生動物の数を著しく減らしてしまった。かつてよく見られた多くの種がいまは少ない。はっきりしたことはわからないが、ヨーロッパでさまざまな期間や異なる昆虫グループに着目したさまざまな研究を見てみると、一九七〇年以降で少なくとも五〇%の昆虫が失われたと考えてよいだろう。九〇%失われた可能性も十分ある。過去一〇〇年間の減少幅はさらに大きかった可能性がかなり高い。北アメリカはヨーロッパと農法がだいたい似通っているから、おそらく状況も同様だろうが、世界のほかの地域の状況は欧米よりもはるかにはっきりしない。少しはましなのか、それとももっと悪いのか。
 昆虫は食料や送粉者、物質の再循環を担う存在などとしてきわめて重要な役割を果たしていることがわかっているから、昆虫の減少速度について確実なデータがほとんどない状況は恐ろしい。さらに恐ろしいには、私たちのほとんどが何かしらの変化に気づいていないことかもしれない。一九七〇年代の状況を覚えていて、自然への関心が高い人であっても、子どもの頃にどのぐらいの数のチョウやマルハナバチはいたかを正確に思い出すことはできない。」

(「第3部 昆虫が減少した原因」より)

「昆虫が世界的に減少した原因は何だろうか? 最近では多くの仮説が登場し、昆虫の数と同じぐらいありそうに思えるほどだ。証拠に裏付けられた説や、証拠の裏付けは弱いが妥当に思える説がある一方で、まったくばかげた説もある。昆虫のなかでも野生のミツバチが減少した原因は多く議論されてきて、いまだに議論は続いているものの、生息域の喪失、複雑に入り混じった多様な農薬への慢性的な曝露、養蜂の巣における外来の感染症の蔓延、出始めた気候変動の影響、ほかの要因もあるだろうが、こうした人為的な負荷の組み合わせが原因であると大部分の科学者は考えている。まだ誰も気づいていない要因もきっとあるだろう。ほかの昆虫もおそらく似たような困難に直面している。減少の原因は場所によっても異なるだろう。つまり、入り組んでいるということだ。しかし、そうした減少を食い止め、そして増加に転じさせるためには、減少の原因を正しく理解しなければならない。そうすれば、昆虫の仲間たちがもっと住みやすい世界をつくるために必要な対策を導き出すことができる。」

(「第4部 私たちはどこへ向かうのか?」より)

「この危機を回避できなかった原因は、政治家が長期的な計画の作成よりも次の選挙に集中せざるを得ない政治制度にあるのかもしれない。多くの人は、欲に駆られた資本主義制度に原因があると指摘している。巨大な多国籍企業が、政治家や、さらには国家全体さえもはるかに凌駕する大きな力を集めることを赦し、人間や環境が負う代償を顧みることなく利益を最大化するように世界を形成したというのは。それを助長したのは、経済が無限に成長するというほぼ全世界的な信念のほか、経済成長と幸福が結び付いているという前提もあったのだと思う。(・・・)
 ほとんどの科学者が警告していたにもかかわらず、なかにはジオエンジニアリングで気候を修正しようとした人もいた。大気中に化学物質を散布して、雲の形成を促すとともに、太陽光を反射させるのが目的だ。だが、気候はそんなやり方ではとうてい制御できないほど複雑であることが明らかになった。彼らが成し遂げたのは、汚染の問題を増やし、気象をはるかに予測しにくくしたことだけだった。」

(「第5部 私たちにできること」より)

「昆虫の減少に歯止めをかけて自体を好転させるには、そして。私たちが直面しているほかの大きな環境問題に対処するためには、一般の人々から農家、食料品店などの事業者、地方自治体、政府の政策立案者まで多様なレベルで行動を起こさなければならない。つまり、私たち全員が行動しなければならないということだ。そもそもこの問題は私たち全員の有害な行動が組み合わさった結果として起きたものだから、問題を解消するためにはみんなが力を合わせて取り組まなければならない。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?