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ビル・フランソワ(河合隼雄訳) 『はぐれイワシの打ち明け話/ 海の生き物たちのディープでクリエイティブな生態』

☆mediopos-2587  2021.12.16

ひとが何かに興味をもち
それが継続的なものになるときには
なにか強いきっかけがある

それが幸せな驚きであるならば
そしてその驚きがその後の人生を
喜びへと導いてくれるならばどんなにいいだろう

もちろんそうしたきっかけは必ずしも
幸運なきっかけであるとは限らないし
ポジティブなものかそれとも
ネガティブなものかはわからないが
どちらにせよそれが生の課題を
指し示してくれることになることがある

フランスで二〇一九年に刊行された
本書の著者(まだ二十代の物理学者である)は
少年時代にイワシに話しかけられた体験から
(とても幸せな驚きだったのだろう)
海の神秘に対する情熱をもつようになり
魚たちのことを知ろうと魚の研究を仕事にし
魚に出会うための冒険に出かけるようになる

ここで語られる海の生き物たちの物語は
自然科学的なものだけではなく
歴史上のエピソードや伝説など
さまざまな驚きに満ちている

本書のなかにあるウナギの話題
(第8章「道路の下のウナギ)は
以前(mediopos-2281/2021.2.13)の
パトリック・スヴェンソン『ウナギが故郷に帰るとき』でも
とりあげたことのある長い旅をするウナギの話だ
このウナギの話だけでも興味津々なものだが
そんな話が本書にはたくさん詰まっている

本書を読むと
魚たちはどんなふうに世界を感じているのか
どうやってコミュニケーションしているのか
ということをあらためて考えるようになる

そして海の生き物たちはもちろん人間ではないから
人間と異なった生き方をしているわけだけれど
人間の生活や感情とどこかで通じるものがあるような
そんな気もしてくるところがある

その意味で魚たちへのアプローチは
魚たちについての知識を与えてくれるだけではなく
さまざまな視点から語られる物語は
私たち自身について教えてくれる

さて余談だが
最初に本書を手にとったのは
「はぐれイワシの打ち明け話」という
面白いタイトルがきっかけではあるけれど
訳者の名前が「河合隼雄」と記されていたのも大きい
もちろんこの訳者はユング心理学のほうの
河合隼雄とはまったく別人である

■ビル・フランソワ(河合隼雄訳)
 『はぐれイワシの打ち明け話/
  海の生き物たちのディープでクリエイティブな生態』
 (光文社  2021/11)

「僕は(…)イワシとの出会い以降ずっと、海の神秘に対する情熱をもちつづけることになるとは思ってもいなかった。そして、その出会いが僕を、より遠くの沖合にまで連れて行き、魅力的な住人たちがいっさい黙ることなくそれぞれの物語を語ってくれる海中の世界の発見へと導いてくれることになろうとは。
 この生き物たちは、どうやってコミュニケーションをとっているのだろうか? どんな風に世界を感じているのだろうか? この生き物たちの生活や感情は、僕たち人間と同じなのだろうか? こうした謎を解きたいという欲望に駆り立てられて、僕は科学者になった。流体力学とバイオメカニクスといった分野を研究することによって、海中の世界について新しい見方ができるようになった。そして、既存の問いに対する素晴らしい答えが得られただけでなく、さらに新しい疑問も生まれた。
 それ以来、僕はこの魅力的な生き物たちを観察するために、昼夜を問わずに泳ぎ、船に乗り、海に潜った。昔は魚が怖くて、メデュースのサンダルを履いた足が底につかないような沖への冒険に乗り出そうとはしなかった。当時の僕は、いずれ自分が魚の研究を仕事にし、自由時間までをも魚に出会うための冒険に費やすようになるとは思ってもみなかった。クジラの歌を聴き、地中海のマッコウクジラを訪ね、アホウドリを数え、マンタと遊ぶようになるなんてまったく考えていなかった。ましてや、自分の家のすぐそば、都会の真っただなかで、並外れた個性を持つ魚たちを見つけることになるとは。
 水の流れに導かれるようにして、自分の運命を海にかけている人々と知り合った。海の秘密を解明する科学者、海と調和して生きる漁師、海を保護するために活動するボランティア……、そういった人たちだ。僕は、水中の世界をもっと深く知り、その世界を保護し、あるいは単純にそうした生態系のなかに自分の居場所を見つけ出し、海と調和を保ちつつ対話する方法を学ぶため、彼らのプロジェクトに参加した。そして、たくさんのことを教わった。イルカの信号の読み解き方、マグロの漁のしかた、アザラシへの近づき方……。さらに海の物語も発見した。人々によって文字にされ、あるいは語られ、科学や伝説の魔力によって光を当てられ、革新的な発見や口承されてきた詩によっていろどられた物語だ。

 それらの物語は、いったい僕に何を教えてくれたのだろう?
 水中の世界は、心を奪われるような美しさを垣間見せてくれるだけではない。他の知識、とりわけ僕たち自身についての知識を教えてくれる。
 僕自身についていえば、何より「どうやって話をするのか」を海の住人たちに教えてもらった。それぞれの流儀でコミュニケーションをとり、一見沈黙しているように見える海のなかで物語を紡ぎ出すそのやり方から僕は話し方を学んだ。驚くほど雄弁な生物たちが、自分たちの物語を僕に打ち明けてくれ、今度は僕がその物語を誰かに語ろうという気にさせてくれた。海の生物たちが僕に語ってくれた物語を、この本を通じてお伝えすることができるのは、まさしく彼らのおかげである。
 この本は、読者のみなさんを、科学の世界と伝説の世界、つまり海洋と歴史の深海に向かってダイビングさせてくれるだろう。僕はカタクチイワシの群れによる秘密の社交界にみなさんを招待する。クジラの会話にも一緒に参加しよう。その旅の途中では、井戸のなかで百五十年間生きたウナギのエール、オーストラリア先住民と親交を結んでいたコバンザメといった、型破りな生き物たちと知り合いになれるだろう。少し足を止めて、ホタテガイの歌やタマキビによる比類なき古代のサーガに耳を傾けよう。また、サンゴの免疫やベラの性転換についての最新の知見にも触れてみよう。現実とは驚くべきものだが、そんな現実に負けないリアリティをもつ古代の海の伝説を通じて夢の世界へ行ってみよう。」

「海の物語に身を任せてみよう。海の物語は言葉の世界と同じく自由な空間である。そうでありつづけなければならない。言葉を自由に使おうとせずに規則に従った表現や言い回ししか認めようとしないのは、海に壁をつくろうとするのと同じこと。海は特定の人だけのものではなく、みんなのためのものだ。そして、想像力もみんなに備わっている。だから、自分だけの言葉を話す孤独なクジラであっても、大きな群れに導かれるイワシの一匹であっても、発明家のタコであっても、コバンザメでも、慎ましいロブスターでも、。それぞれが自分たりの方法で、自由に自分の物語を歌っているのだ。

 僕が海の世界について夢想したことによって、読者のみなさんが何かを空想したり、それをもとに考えたり、友だちと共有したいと思うようになったり、まだ見つけていない生き物に対するまなざしをもつようになってくれたらうれしい。そして海の生き物の話を聞きたい、海の生き物について知りたい、海の生き物を守りたいという思いをふくらませてくれることを願っている。
 本書が、海という。身近にあるにもかかわらずまだ知られていない新たな領域へとみなさんを導いてくれることを、そして本書を読むことによって、海岸で貝殻を拾い集めたといった海についての記憶が蘇ってくれることを願っている。さあ、貝殻を拾って耳に当ててみよう。きっと、海の声を聞けるはずだ。」

《目次》

プロローグ
1 魚はみんなしゃべっている
2 音が絶えない世界
3 イワシのように詰められる
4 小さい魚もやがて大きくなる
5 貝と甲殻類
6 今日のおすすめ
7 魚の絵を描いてみよう
8 道路の下のうなぎ
9 シー・サーペント
10 海は鏡
11 海との会話
12 よいマグロを見つける
13 終わりは……魚のしっぽのようにすっきりと
エピローグ

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