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池内紀『山の本棚』/『日本の森を歩く』/野尻抱影『星三百六十五夜』

☆mediopos-3180  2023.8.2

池内紀『山の本棚』は
月刊誌『山と渓谷』に
二〇〇七年一月号から
二〇一九年一〇月号までの連載が
単行本化されたもの

雑誌は読んでいなかったが
池内氏が亡くなったのが
二〇一九年八月のことだから
亡くなる直前まで
連載が続けられていたようだ

「山」にちなんだ本
一冊一冊についての話を夜毎
山小屋であるいはキャンプ地で
氏の語りに耳を傾けているように
読みすすめることができる

紹介されている本は
いまでは絶版で入手できないものも多く
ほとんどがはじめて聞く話なのがうれしい

池内紀というと
ドイツ文学者・翻訳者で
エッセイストのイメージはあったが
山を歩いているということを知ったのは
日本の森を北から南まで三年かけて歩き
そのことが書かれていたエッセイ集
『日本の森を歩く』(二〇〇一年)がきっかけである

さて『山の本棚』で紹介されているなかから
幸い手元にあるということもあり
野尻抱影『星三百六十五夜』をとりあげてみた

エッセイの最初に書かれてあるように
『星三百六十五夜』は「一日一話式の本」である

これは名言といった類の本ではなく
星の話でしかも各話がとても短いこともあり
その日その日の星の話を一話ずつ
もちろん夜更けに静かに読むのがいい

そういえば『山の本棚』に紹介されている各話も
買い求めてから毎夜少しずつ
お話を聞くように読みすすめている

「一日一話式」といえば
こうして毎日続けている
medioposとphotoposも同様で
夜も更けてから
夜空の星を探すように
心のどこかに描かれているであろうなにがしかを
探し当てて書き留めておこうとはじめた

街の空はあまりに明るく
山の夜空のような満天の星は見えないけれど
それでも心の夜空には
さまざまな星が織りなす
星座(コンステレーション)を見つけることができる

■池内紀『山の本棚』(山と渓谷社 2023/6)
■池内紀(写真:柳木昭信)『日本の森を歩く』(山と溪谷社 2001/6)
■野尻抱影『星三百六十五夜』(春・夏・秋・冬)
 (中公文庫 BIBLIO 中央公論新社; 改版 (2003.2/5/8/11)

(池内紀『山の本棚』〜野尻抱影『星三百六十五夜』より)

「一日一話式の本がある。一月一日に始まり十二月三十一日まで、一日ごとに一文がついている。何から生まれたのか知らないが、カレンダーについている教訓がヒントになったのかもしれない。そういえば名言集などによく使われる。
 毎日一つ名言に接していると人格が向上するのだろうか。朝は名言をかみしめていても、夜にはクドクドと小言をいったりしていないだろうか。人間は反省をする生き物だが、反省をすぐさま忘れる生き物でもあるからだ。
 その点、同じ一日一話でも、星の話はいいものだ。夜の空にあらわれて、朝には消える星の生理にもピッタリ合っている。
 当今の都会では、夜の星など望むべくもないからなおさらだ。オリオン、さそり座、源五郎星、獅子座、白羊宮、ハレー彗星・・・・・・。一年三百六十五日、毎日きっと星に出会える。星とともに眠りにつける。ミシュランのホテル・ガイドは超高級ホテルを五つ星で示しているが、たかだか五つであって、こちらは六つ星でも七つ星でも自由自在だ。
 ある世代以上の人は野尻抱影の名をよく知っている。「星の先生」として親しんだ。新星の発見にやっきになったり、やたらに高度な宇宙論をひけらかすのではなく、ながらく日本人が生活の中で大切にしてきた星のことを、噛んで含めるようにして話してくれた。もともとは英文学者なのでヨーロッパのことにもくわしい。古典や仏典の知識がたっぷりある。文人かたぎの泡影先生から教えられた星たちが、いまも記憶にくっきりと刻まれている。山小屋で眠れないとき、そっと外に忍び出て、ピンポン球のように大きな星たちを見上げていると、記憶がつぎつぎと甦ってくる。
 泡影先生の友人が千葉の三里塚に住んでいた。ある日の夕方、村の子供が駆け込んできた。「お月さまが二つ出た」というのだ。いっしょに野原に出てみると、東の空に満月が出ている。西の空にも大きな月があって、夕もやの中に沈みかけている。
 そのころ三里塚にはキツネやタヌキがどっさりいて、キツネに化かされた話がいろいろと伝わっていた。しかし、二つの月は狐狸妖怪のせいではない。夕空のフシギな現象が「化けた月」として紹介されている。巨大なジャンボ機が発着する三里塚に、ほんの数十年ほど前まではお月さまがたのしいいたずらをしていたなどと、はたして信じられるだろうか。
 ヨーロッパには「人がひとり寝ると、空に一つ星がふえる」という言い廻しがある。いつまでも眠らない子供に、そんなふうに教えて眠らせたのだろう。とすると大都市の夜空に星が少ないのは、夜ふかし人間がたむろしているせいである。そして山の夜空が満天の星に飾られているのは、山の住民たちが日暮れとともに、さっさと眠りにつくからだ。」

(池内紀『日本の森を歩く』より)

「口笛を吹いて歩いたこともある。切れ込んだ谷を見下ろしながら、削いだような痩せ尾根を四つん這いになって渡った。たいていは汗みずくになっていた。まる二日間、雪渓を見つめて歩いていて、目がガラス玉になった。あるときは大雨のなかで、イモ虫のように丸くなっていた。
 歩きはじめは一九九八年十月だった。阿寒湖畔の「一歩園」。べつに計画ずくでそうしたわけではないが、気がつくと、そんなはじまりになった。(・・・)
 楽しみのためにはじめた。とともに、ここで試みたことがあった。日本の森を巡って、さまざあな、たえまのない、思わざる出会いを書きとめていく。
 まず樹木との出会い。大きな森には何百年もの時間の層がある。樹木はその生き証人だ。
 風や雨や雪との出会い。春一番、五月雨、夕立、「八朔」とよばれる風の神の鎮めどき・・・・・・。森はまた生きた風土の生き証人でもあるだろう。
 それから、むろん、人との出会い。どれほど深い森であれ、きわめて古い時代から、そこは人と獣の十字路だっや。「人跡未踏」などと言われる原生林にも、人の跡がのこっている。生活のしるしが息づいている。そんな森びとの子孫たち。鳥や獣や魚のなかへ、まるで仲間のようにして入っていく侵入者であって、その人の背中を見ながら、へっぴり腰の新参者としてくっついていく。
 とにかく歩くこと。そして体験したところを報告する。報告をかさねていけば、そこに一つの連続があたわれる。組織体としての守男姿が見えてくる。樹木と獣と人との、それぞれの「異文化」のまじり合うところだ。理解するためには目の前にあるものから出発しなくてはならない。」

「風土をやしなった条件をつねに考えながら歩いた。まだら雪のはりつく無数のコブを越えた。雨ばかりのときもあった。
 巨大な森からのもどりでへばってしまい、おもわずしゃがみこむと、すぐさそばに可憐な花が顔を出していた。旅を一つ終えるたびに書きとめた。」

○池内紀『山の本棚』内容

『飯田蛇笏集成』飯田蛇笏
『楢山節考』深沢七郎
「照葉樹林文化論」中尾佐助
『越後山岳』日本山岳会越後支部 編
「高野聖」泉 鏡花
『山びとの記 木の国 果無山脈』 宇江敏勝
「湖畔手記」葛西善藏
『友へ贈る山の詩集』串田孫一、鳥見迅彦 編著
『日本山嶽志』高頭 式 編纂
『戸隠の絵本』津村信夫
『ヒマラヤ文献目録』薬師義美 編
『高安犬物語』戸川幸夫
『山の人生』柳田國男 編
『強力伝』新田次郎
『富士山』草野心平
「秋山記行」鈴木牧之
『猪・鹿・狸』早川孝太郎
『蒙古高原横断記』東亜考古学会蒙古調査班
『川釣り』井伏鱒二
『山びこ学校』無着成恭 編
『星三百六十五夜』野尻抱影
『太古の呼び声』ジャック・ロンドン 辻井栄滋 訳
『愛酒楽酔』坂口謹一郎
「戦場の博物誌」開高 健
『魚の四季』末広恭雄
『犬と狼』平岩米吉
『手仕事の日本』柳 宗悦
『柳宗民の雑草ノオト』柳 宗民
『民俗のふるさと』宮本常一
『花の知恵』モーリス・メーテルリンク 高尾 歩 訳
『吉野の民俗誌』林 宏
「山男について ほか」南方熊楠
『金谷上人行状記 ある奇僧の半生』横井金谷
『私の古生物誌 未知の世界』吉田健一
『ムササビ その生態を追う』菅原光二
『[図解]焚火料理大全』本山賢司
『山の声』辻まこと
『新編 百花譜百選』木下杢太郎 前川誠郎 編
『夢の絵本 全世界子供大会への招待状』茂田井 武
『チャペックの犬と猫のお話』カレル・チャペック 石川達夫 訳
「補陀落渡海記」井上 靖
『動物園の麒麟』 ヨアヒム・リングルナッツ 板倉鞆音 編訳
『チロル傳説集』山上雷鳥
『伊佐野農場図稿』森 勝蔵 石川 健 校訂 石川明範、山縣睦子 解説
『僕と歩こう 全国50遺跡 考古学の旅』森 浩一
『登山サバイバル・ハンドブック』栗栖 茜
『人生処方詩集』エーリッヒ・ケストナー 小松太郎 訳
『リゴーニ・ステルンの動物記 北イタリアの森から』マーリオ・リゴーニ・ステルン 志村啓子 訳
『種の起原』チャールズ・ダーウィン 八杉龍一 訳
『森の不思議』神山恵三
『気違い部落周游紀行』きだみのる
『北アルプストイレ事情』信濃毎日新聞社 編
『百物語』杉浦日向子
『孤島の生物たち ガラパゴスと小笠原』小野幹雄
『娘巡礼記』高群逸枝 堀場清子 校注
『ファーブル記』山田吉彦
『きのうの山 きょうの山』上田哲農
『恐竜探検記』R・C・アンドリュース 小畠郁夫 訳・解説
『道具が語る生活史』小泉和子
『奈良大和の峠物語』中田紀子
『アルプスのタルタラン』アルフォンス・ドーデー 畠中敏郎 訳
「日本九峯修行日記」野田泉光院
「霊の日本」小泉八雲 大谷正信、田部隆次 訳
『日本の島々、昔と今。』有吉佐和子
『檜原村紀聞 その風土と人間』瓜生卓造
『日本の職人』遠藤元男
『山のABC』畦地梅太郎、内田耕作、尾崎喜八、串田孫一、深田久彌 編集
『虫の文化誌』小西正泰
『日本の放浪芸』小沢昭一
『雨飾山』直江津雪稜会 編
『酸ケ湯の想い出』白戸 章 語り 逢坂光夫 聞き手
『知床紀行集』松浦武四郎
『たたらの里』影山 猛
『越後の旦那様 高頭仁兵衛小伝』日本山岳会 編
『図説雪形』斎藤義信
『金毘羅信仰』守屋 毅 編
『サルのざぶとん 箱根山動物ノート』田代道彌
『照葉樹林文化とは何か 東アジアの森が生み出した文明』佐々木高明
『山で唄う歌』戸野 昭、朝倉 宏 編
『富嶽百景』葛飾北斎 鈴木重三 解説
『窪田空穂随筆集』窪田空穂 大岡 信 編
『にっぽん妖怪地図』阿部正路、千葉幹夫 編
『富士山に登った外国人 幕末・明治の山旅』山本秀峰、村野克明 訳
『星の文化史事典』出雲晶子 編著
『日本の食風土記』市川健夫
『山に生きる人びと』宮本常一
『植物一日一題』牧野富太郎
『日本之山水』河東碧梧桐
『日本アルプスの登山と探検』ウェストン 青木枝朗 訳
『伊予の山河』畦地梅太郎
『甲斐の落葉』山中共古
『現代日本名山圖會』三宅 修
『平野弥十郎 幕末・維新日記』桑原真人、田中 彰 編著
『山野記』つげ義春 編
『幻談』幸田露伴
『三角形』ブルーノ・ムナーリ 阿部雅世 訳
『江戸時代 古地図をめぐる』山下和正
『どうして僕はこんなところに』ブルース・チャトウィン 池 央耿、神保 睦 訳
『鉄道旅行案内』
『山野河海の列島史』森 浩一
『山の幸』山口昭彦 解説 木原 浩、平野隆久 写真
『甲斐の歴史をよみ直す 開かれた山国』網野善彦
『クマグスの森 南方熊楠の見た宇宙』松居竜五 ワタリウム美術館 編
『マルハナバチ 愛嬌者の知られざる生態』片山栄助
『対訳 技術の正体』木田 元 マイケル・エメリック 訳
『昭和自然遊び事典』中田幸平
『山岳霊場御利益旅』久保田展弘
『井月句集』井上井月 復本一郎 編
『きのこの絵本』渡辺隆次
『木馬と石牛』金関丈夫
『クモの網』船曳和代 新海 明
『写真句行 一茶生きもの句帖』小林一茶 句 高橋順子 編 岡本良治 写真
『火山列島の思想』益田勝実
『写真集 花のある遠景』西江雅之
『自然の猛威』町田 洋、小島圭二 編
『霊山と日本人』宮家 準
『ときめくカエル図鑑』高山ビッキ 文 松橋利光 写真 桑原一司 監修
『音楽と生活 兼常清佐随筆集』杉本秀太郎 編
『建築家の名言』Softunion 編
『町並み・家並み事典』吉田桂二
『新修 五街道細見』岸井良衛
『新 道具曼陀羅』村松貞次郎 岡本茂男 写真
『日本山海名産図会』
『秋風帖』柳田國男
『日本フィールド博物記』菅原光二 写真・文
『民間学事典』鹿野政直、鶴見俊輔、中山 茂 編
『東京下町1930』桑原甲子雄
『花の神話学』多田智満子 福澤一郎 装画
『絵図史料 江戸時代復元図鑑』本田 豊 監修
『東京徘徊 永井荷風『日和下駄』の後日譚』冨田 均
『幸田露伴 江戸前釣りの世界』木島佐一 訳・解説
『幕末下級武士の絵日記 その暮らしと住まいの風景を読む』大岡敏昭
『菅江真澄遊覧記』菅江真澄 内田武志、宮本常一 編訳
『天一美術館』
『谷内六郎の絵本歳時記』谷内六郎 絵と文 横尾忠則 編
『津浪と村』山口弥一郎 石井正己、川島秀一 編
『古道巡礼 山人が越えた径』高桑信一
『井伏鱒二全詩集』井伏鱒二
『JTBの新日本ガイド 名古屋 三河湾 美濃 飛驒』
『湯治場通い』野口冬人
『東海道五十三次ハンドブック』森川 昭
『科の木帖』宇都宮貞子
『光の街 影の街 モダン建築の旅』海野 弘 平嶋彰彦 写真
『ぼくは散歩と雑学がすき』植草甚一
『新版 娘につたえる私の味』辰巳浜子 辰巳芳子
『富士山の噴火 万葉集から現代まで』つじよしのぶ
『カントリー・ダイアリー』イーディス・ホールデン 岸田衿子、前田豊司 訳
『日本列島 地図の旅』大沼一雄
『山の文学紀行』福田宏年
『近世紀行文集成 第一巻 蝦夷篇』板坂耀子 編
『木』幸田 文
『和菓子を愛した人たち』虎屋文庫 編著
『神主と村の民俗誌』神崎宣武

◎池内 紀(イケウチ オサム)
1940年、兵庫県姫路市生まれ。東京外国語大学卒業後、東京大学修士課程修了。
神戸大助教授、東京都立大教授、東京大教授を歴任し、55歳から文筆業に専念。
フランツ・カフカをはじめとするドイツ文学の翻訳のほか、文学論、文化論、エッセー、詩集、小説など幅広い分野で数多くの著作がある。
ゲーテ「ファウスト」(1999~2000)で毎日出版文化賞。「カフカ小説全集」(2000~02)で日本翻訳文化賞、「ゲーテさんこんばんは」(2001)で桑原武夫学芸賞、「恩地孝四郎 一つの伝記」(2012)で読売文学賞。
2019年死去。

◎野尻/抱影
1885‐1977。横浜に生まれる。神奈川一中時代、獅子座流星群の接近以来、星のとりことなる。早稲田大学英文科卒業後、教職、雑誌編集等に携わる一方、天文書多数を著述。生涯を通じて星空のロマンと魅力を語り続けた。わが国における天文ファンの裾野を広げた功績は大きく、「星の抱影」と称される。冥王星の命名者としても知られる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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