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劇場アニメーション映画「犬王」/湯浅政明×古川日出男「消えた存在をどう描く——「犬王」が甦らせる表現の初期衝動(劇場アニメ 公開直前対談)」

☆mediopos2912  2022.11.7

劇場アニメーション映画『犬王』が公開されたのは
すでに半年近く前の2022年5月28日だったが
やっと近くの小さな映画館で上映されている

古川日出男が現代語で語り直した『平家物語』とは別に
『平家物語 犬王の巻』が創作されているが
アニメ映画はその原作をもとに湯浅政明監督が製作した作品

音楽は大友良英
キャラクター原案は松本大洋
脚本は野木亜紀子である

「犬王」は架空の人物ではない
世阿弥の時代活躍した能楽師で
観阿弥の後には世阿弥を凌ぎ
足利義満が能界の第一人者とした存在

『風姿花伝』の注釈や
『申楽談儀』にその名があるものの
演目など具体的なところはわかっていない

古川日出男は
滅ぼされた平家たちの物語を語ることで
その存在をいわば「解放」することを主軸に
犬王という存在と
盲目の琵琶法師・友魚(ともな)という
創作上の人物との友情を描いている

犬王は奇怪な姿をしているが
手塚治虫の「どろろ」に登場する「百鬼丸」のように
平家たちの魂が解放されるに従い
少しずつそのほんらいの姿を取りもどしてゆく

映画が公開される直前のことだが
『文藝 2022年夏季号』に
監督の湯浅政明と原作の古川日出男の
対談記事が掲載されていたのを読み返してみた

室町時代の初め頃になると
それまで描かれていた乞食とか
河原に住んでいた人たちのことが描かれなくなったという

古川日出男はそのように
歴史のなかでその存在が見えなくなってくる
「消えていくもの」の側から
宿命を持っている「時代」が立ち上がってくるのを
若き「犬王」に託して描こうとしている

それは「俺って何作りたかったのかな」という
「表現の初期衝動」を見直すことでもあったのだという

映画のキャラクターデザインを担当している
松本大洋の最新作『東京ヒゴロ』のことも
対談のなかでふれられているが
その作品は大手出版社を早期退職した漫画編集者の塩澤が
理想の漫画誌を作ろうと
託せる漫画家たちを訪ね執筆を依頼するという話だ

それはまさに
「俺って何作りたかったのかな」という
「表現の初期衝動」を見つめ直すということに他ならない

年を重ねてゆくとともすれば
じぶんはほんらい何をしたかったのか
ということが見えなくなってしまったりする

それはじぶんの歴史から「消えた存在」であるともいえる
そんな「消えた存在」を甦らせること
それはだれにとっても決して等閑にしてはならないはずだ

■湯浅政明×古川日出男「消えた存在をどう描くか————
 「犬王」が甦らせる表現の初期衝動(劇場アニメ 公開直前対談)」
 (『文藝 2022年夏季号』河出書房新社 2022/4 所収)
■劇場アニメーション映画「犬王」
(2022年5月28日公開)
【監督】湯浅政明  【原作】古川日出男
【キャラクター原案】松本大洋 【脚本】野木亜紀子
【音楽】大友良英  【主演】アヴちゃん×森山未來
■古川日出男『平家物語 犬王の巻』
 (河出文庫 河出書房新社 2021/12)
■責任編集・山崎 正和『日本の名著 10 世阿弥』
  (中公バックス 中央公論新社 昭和58年9月)
■松本大洋『東京ヒゴロ (1) 』
 (ビッグコミックススペシャル 小学館 2021/8)
■松本大洋『東京ヒゴロ (2)』
 (ビッグコミックススペシャル 小学館 2022/9)

(湯浅政明×古川日出男「消えた存在をどう描くか」より

「湯浅/南北朝から室町時代初期というのはちょうど歴史の変わり目で、はじめて日本がひとつにまとまろうとしたときなのですが、時代考証の先生によると、それまで絵画に描かれていた、たとえば乞食とか河原に住んでいた人たちのことが描かれなくなったらしくて。歴史をきれいにまとめるために、そこに振り落とされていったものがあるんだな、と。『平家物語』にしても原作にもあるとおり覚一本が書かれて、それは残っているけれども、そこからあぶれたものがある。」

「古川/結局、僕らが知っている歴史って全部有名人の話なんですよ。有名人ってだいたい勝った人で。平家は負け組だけど、なんで『平家物語』が残っているかというと、勝った源氏に対して「誰に勝ったの?」ということで存在している。歴史はそういう、ある意味勝った人とか有名な人しか残さないんだけど、一〇〇〇万人のうちのだいたい九九九万人くらいは「そうじゃないほう」で。自分もそっち側の人間として「その『消えていくもの』を『残す』にはどうしたらいいんだろう」と考えると、小説を書けばいいんだな、と。それで、自分を託せる人間が室町時代の真ん中ごろにいたんですね。
 最初は世阿弥の『風姿花伝』の注釈にまず「犬王」という名前が出てきたんですよ。その後に『申楽談儀』の中でも語られているけど、その犬王の演目はどこにも残っていない。それでも、そうやって消えていく、歴史にならないものの側にしか自分は立っていないし、そういう時代でしか呼吸していない。だから「消えていくもの」の側から書けば、どんな宿命を負っている「時代」というものが立ち上がってくるんじゃないかなと思ったんです。
(・・・)

古川/いま五十台半ばになって、もちろん全然権力にも太刀打ちできなくて何もできないなと思っているんですけど、とりあえず十七歳ぐらいでもそれに突き進んでいく犬王を書ければ、まだ死ぬまであがけるかなと思ったんです。
湯浅/自分がやる気を持続させるためにも、そういう犬王のような前例があるとわかりやすいということですね。
古川/というか、初期衝動に戻りたかったというのがありますね。小説家としてキャリアを積んでいくうちにだんだんとキツくなってきて、それこそ松本大洋さんの『東京ヒゴロ』を読んでいるとズキズキと刺さってくるんですけど、ああいう感じで「俺って何作りたかったのかな」というときに、託せる者がいた。どうやら誰もまだ発見していないみたいなので、「もらった!」と思って進んでいったんです。」

■劇場アニメーション『犬王』サイト

■劇場アニメーション『犬王』本予告(60秒) 5月28日(土)全国ロードショー!


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