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青本雪平 『バールの正しい使い方』

☆mediopos2986  2023.1.20

『バールの正しい使い方』という
不思議なタイトルをもった
「嘘」をめぐるミステリー

転校を繰り返す小学生の礼恩(れおん)は
じぶんを取り巻く世界に溶け込むために
「擬態」しながら生きていこうと「カメレオン」になり
(六つの章は「○○○とカメレオン」と題されている)
そのなかでいろんな「嘘」に出会ってゆく

友達に嫌われてもかまわないと少女がつく噓
海辺の町で一緒にタイムマシンを作った友達の噓
五人のクラスメイトが集まってついた噓
お母さんのことが大好きな少年がつかれた噓
主人公になりたくない女の子がついた噓

バールというのは
てことして利用する鉄製の棒状の道具だが
ここでは「嘘」のこと

「嘘をまったくつかない人なんていない」けれど
「嘘」はバールのように
「使い方によって、それは何かを傷つける凶器にもなるし、
何かを守る武器にもなりうる」から
「嘘」の「正しい使い方」について慎重に学ぶ必要があるのだ

印象深いシーンがある

礼恩(れおん)は病気で入院した先で出会った女の子・希望(のぞみ)に
「僕を取り巻くこの世界が。
そして何より、自分自身が」嫌で
「そんな酷い世界に、擬態することでしか生きることができない自分が、
何も選べず抵抗できないことが、ひどく情けなかった」と
擬態を説きながら打ち明ける

それに対して希望は
「少しイヤになっちゃうこともあるけれどもさ、
この世界そのものを嫌いにはなれないよ」という

ぼく自身生まれてこの方
礼恩のように生きてきたかもしれないと振りかえる
たしかに学校でも会社でも
ある意味カメレオンのように擬態しているところがある
ようやく希望(のぞみ)のような気持ちになれたのは
比較的最近になってからのこと

じぶんは世の中のさまざまな「嘘」のなか
どんな「嘘」と「擬態」で生きてきただろうか
「バールの正しい使い方」を
学べてきただろうかと考えてみる

一気に読めてしまうけれど
記憶に残るミステリーになりそうだ

■青本雪平 『バールの正しい使い方』(徳間書店 2022/12)

(「狼とカメレオン」より)

「それは、四年生の春から夏にかけてのことだった。あの子が意味のない嘘ばかりつくのは一体どうしてなのか。考えてみても僕にはわからなかった。
 嘘つきが嫌われるのは何となくわかるけれど、嘘をまったくつかない人なんていない。
 結局人は、みんな嘘つきなんだ。」

(「タイムマシンとカメレオン」より)

「それは、小学四年生の夏と、少額五年生の夏のことだった。
 もしタイムマシンが出来たとしたら、僕は過去よりも未来に行ってみたい。
 未来を覗くのはとても怖いけれど、それでも過去を覗くことのほうが怖い気がする。
 過去を覗いてみたら、きっとその過去を変えたくなってしまうから。
 でも過去は変えてはいけないと思う。
 変えてしまったら、今が無くなってしまうかもしれないから。どんな今でも、なかったことにしてはいけないと思うから。」

(「五人とカメレオン」より)

「それは、小学五年の秋のことだった。
 自分のためにつく嘘と、他人のためにつく嘘ならどっちがマシなんだろうと考える。
 自分の都合のためにつく嘘は大抵自分勝手な感じがするけれど、他人のためにつく嘘は、大抵優しさから始まるもののようbに思える。
 でも、その善意からくる「優しい嘘」は、次第に守られた本人の重荷になっていくのかもしれない。」

(「靴の中のカメレオン」より)

「それは、小学六年の春から夏にかけてのことだった。
 何かを選択することは難しい。
 それはきっと何かを選ぶことで別の何かを捨てるということにもなるのだから。
 これから僕は、正しい選択をとることができるのだろうか。」

(「ブルーバックとカメレオン」より)

「それは、小学六年の秋から冬にかけてのことだった。
 たとえ正しい選択をとれたとしても、その後どうするかがとても重要だと、僕は思う。
 何を選び、そしてどのように行動するのか。
 僕は今、試されているのかもしれない。
 これが本当の正しい選択なのかは、正直わからない。でも僕は、選んだ。バールを正しく使うことを、選んだのだ。」

「「——三年生の時にいた学校の社会見学でね、テレビ局に行ったんだ——」
 僕は話し始める。世界がどういうものかを、知ったときのことを。
「ニュースのキャスターの人の背後がね、なぜか真っ青なシートだったんだ。それがモニターを通してみると、キャスターの後ろに映像が流れていた。映像は次のニュースに移るたび、すぐにぱっと変わっていったんだ……。それを見て、僕は思ったんだ。ああ、これが僕を取り巻く世界の姿なんだ——って」
 環境が変わるたび、僕はその場所に合わせた擬態をしてきた。でもそこに馴染むように必死に努力しても、世界は瞬く間に変わっていく。
 この世界はまるで合成世界で、僕はそれに必死に溶け込もうとする、間抜けなカメレオンだ——。
 世界はそんなに優しくない——。それは多かれ少なかれ、大抵の人が成長するにつれて理解ることだけど、僕たちはそれに気づくのが、たぶんほかの人よりも早かったのだ。
「——ずっと、この世界が嫌だった。みんな嘘つきで、ひどいことを平気でする人ばかりで——」
(…)
 僕を取り巻くこの世界が。そして何より、自分自身が。そんな酷い世界に、擬態することでしか生きることができない自分が、何も選べず抵抗できないことが、ひどく情けなかった。そのことに、今気づいたのだ。」

「「わかるけれど、でもあたしは……嫌いにはなれない、かな。病気が治らないことには、けっこうイライラするし、理不尽だなって思う……でもね、けっこう好きだよ、この世界。だって、あたしにとって大切な人や好きな人がたくさんいるから。病院の先生も看看護師さんも、お母さんも……もちろん、お父さん。伊波先生や、院内学級で友だちになった子たちのことも……それに——」(…)
「——あたしが好きな人たちは、きっとみんなあたしのことを大切に思ってくれている人だって……そう思うんだ——そうでしょ?」(…)
「たしかに、嫌いになってほしくないからお芝居してきたけれど……そのことが少しイヤになっちゃうこともあるけれどもさ、この世界そのものを嫌いにはなれないよ」」

(「エピローグ」より)

「——「バールのようなもの」は「嘘」なんだ。
 と、礼恩は言った。まさしくそうなのだと思う。
 使い方によって、それは何かを傷つける凶器にもなるし、何かを守る武器にもなりうる。
 だとすれば、物語はどうだろう。
 物語を紡ぐということは、それこそが「バールを正しく使う」ことなのではないか。」

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