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八木健治『羊皮紙のすべて』

☆mediopos-2414  2021.6.26

文字がつくられ
それが記されてゆく

はじめは石や粘土板に
やがてパピルスや竹に
そして「羊皮紙」という
動物の皮を使ったものへ

それもまた中国で発明され
イスラム圏へと伝わり
ヨーロッパ圏へと広がっていく「紙」へ

そして現代ではさらに
電子データの世界が加わってきている
いまこうして記している文字も
まさに電子データのかたちをとっているように

羊皮紙といえば
ヨーロッパ中世の聖書のイメージがあるが

現存する最古のものは
紀元前二三〇〇年〜紀元前二〇〇〇年頃
古代エジプトで使われていた皮革製の巻物だそうだ

紀元前一世紀のローマでは
まだパピルス紙の巻物が主流で
羊皮紙は主にその巻物カバーとして使われていたが
やがて巻物から冊子本の形態へ移行していくなかで
ローマ帝国がキリスト教を国教とした三世紀から
キリスト教関連の書物が羊皮紙に書かれていった

さらに一三世紀パリで
極薄羊皮紙が開発されたことを機に
「情報革命」ともいえる出来事があり
数冊に分冊されなければならなかった聖書が
一冊になりしかも持ち運べるようになったという

さらに一五世紀後半には
グーテンベルクが活版印刷機を発明し
羊皮紙の時代は急速に紙の時代へと転換していく

紙は中国で発明されていたが
七五一年イスラム軍と唐軍の戦闘により
捕虜となった唐軍の製紙職人から
製紙法がイスラム世界へと伝わり
七九三年バグダッドに製紙場が作られた

それからヨーロッパへ伝わるのは
ずっと後の一一世紀のこと
北方のオランダやドイツに製紙場ができたのは
さらに後の一四世紀になってからのこと
グーテンベルクの印刷革命がそれに加わり
羊皮紙の時代は急速に終わりを告げていく

本書は日本ではファンタジーの世界のアイテムとして以外
なじみの薄い羊皮紙について
総合的に紹介している興味深いものだ

以下に引用しているのは主に冒頭部分の
「1章 羊皮紙とは」「2章 羊皮紙の歴史」からのものだが
そのほかにも「羊皮紙の作り方」「羊皮紙職人」「 羊皮紙の特徴」
また 実践編として「羊皮紙を使ってみよう/ 書く・消す・接着する/
絵を描く/ 印刷する/ その他の工芸(装丁、染色、立体)」などをはじめ
「15章 羊皮紙の科学分析」まであり
さらには羊皮紙という素材を新素材として
活用していく視点までが示唆されている

羊皮紙にとってかわった紙という素材は
いまのところまだ現役であることに変わりはないが
こうして書いている(というよりも入力している)のが
電子データであるように
この電子データというかたちもまた
さらには文字を記すということそのものも
やがてべつの姿へと変わっていくことになるのだろう

文字をつくり
それを記す
それは人の意識を外化し表現する
ひとつの方法にすぎないだろうが

考えてみれば
長い歴史のなかでは
それもたかだか数千年のことにすぎない
その短い歴史のなかで
ひとは文字を使って何をしようとしてきたのか
そしてこれからも何をしようとしていくのか

やがてひとは
こうした文字をめぐる物語を
語り伝える時代を迎えるのかもしれない
どのように語り伝えるのかいまはまだ知れないが

■八木健治『羊皮紙のすべて』(青土社 2021.2)

「羊皮紙は、古代からルネサンスまでヨーロッパでは通常使用される「紙」であった。現代も芸術分野などで使用され続けている素材ではあるが、日本語で書かれた情報は大幅に限られている。
 筆者は、二〇〇六年から羊皮紙づくりをはじめ、羊皮紙をさまざまな人に販売したり、羊皮紙の作品制作を手掛けたりしてきた。また、中世写本をはじめ一〇〇点を超える羊皮紙史料を所有しており、その観察や分析などを基にして羊皮紙という素材を多角的に紹介しようと思う。」

「羊皮紙というものの大まかな定義を紹介しよう。」
「辞書により書き方や範囲は異なるが、まとめると次のようになる。
「ひつじやヤギなどを加工して文字が書けるようにしたもので、古代から中世の終わりまで使われていた。」
 簡単にいうと、羊皮紙とは「動物の皮を文字が書けるように加工したもの」となる。」

「羊皮紙もレザーも、動物の皮を素材としている。」
「使用する原料は羊皮紙もレザーも同じなのだが(…)、羊皮紙は硬く張りがあり、水に濡らすと生皮に戻る。一方、レザーは柔らかく弾力があり、水に濡れてもある程度そのままの常態を保つ。
 羊皮紙は脱毛した皮を伸ばして削り、乾燥させただけで、化学的な加工は行われていない。レザーは皮を脱毛後、タンニンなどの酸性の液体に浸けてコラーゲン線維の分子構造を固定したものだ。したがって、水に濡れても逆戻りはしない。」
「時代と地域によっては、羊皮紙の制作過程で表面に耐久性を持たせるためなどの目的で、タンニン溶液を塗布して表面のみをレザー化させているケースもある。死海文書がその代表的な例だ。表面はレザーに見えても、中身はなめし処理が行われていないため「羊皮紙」に分類されている。」

「羊皮紙は、「ひつじの皮で作ったシート」ではなく、「動物の皮から作ったシート」と定義される。「羊」と言いながらも、使われている動物はひつじだけではないのだ。」

「羊皮紙に先立つ古代の書写材としては、粘土板やパピルスが知られている。
 書写材として動物の皮が使われたのはかなり古い時代まで遡れる。現存する最古のものとして、紀元前二三〇〇年〜紀元前二〇〇〇年頃に古代エジプトで使われていた皮革製の巻物がエジプトのカイロ博物館に所蔵されている。内容は宗教的なもので、長さは二・五メートルにもおよぶ。古代エジプトでは、一般的な書物にはパピルス紙が使われたが、このような宗教書や法律書のように何度も参照されるような、耐久性が必要な文書には皮革が使用されたという。」
「中でも、最もはっきりとして記述で「羊皮紙の起源」として現在認識されているのが、古代ペルガモン王国起源説である。」
「プリニウス説ではペルガモンで「発明」されたとしているが、紀元前五世紀のヘロドトスの記録を考慮に入れるとより大きな流れがつかめるパピルス紙と併用されていたいわば「二次的な」書写材であった皮革を、禁輸されたパピルス紙の代用とする中で、さらに書き易くなるようにペルガモンで品質改良していったのであろう。この改良があまりにも画期的で、新ジャンルと呼べるほど品質が飛躍的に向上したのであれば、「発明」と呼んでも言い過ぎではないかもしれない。しかし、詳しい歴史的事実はわかっていない。
 ペルガモン王国はのちに古代ローマに吸収され、当時の世界の中心であったローマに羊皮紙を輸出するようになった。当時パピルスを主に使用していたローマ人は、その新しい「紙」のことをCarta Pergamena(カルタ・ペルガメーナ)、つまり「ペルガモンの紙」と呼ぶようになった。これが(…)英語で「羊皮紙」を表す「パーチメント」という言葉になったのだ。」

「紀元前一世紀のローマでは、パピルス紙の巻物が主流であり、羊皮紙は主に巻物カバーとして用いられていた。」
「ペルガモン以外では、現イスラエルにある死海のほとりでも羊皮紙づくりが行われていた。イスラエル博物館に所蔵されている「死海文書」は、当時の羊皮紙の状態を知ることができる大変貴重な史料である。」

「巻物が主流だった古代世界において大きな転換点は、冊子形態への移行である。古代ローマではパピルスの巻物の他に、下書き用として蝋板(ワックス・タブレットともいう)というものが使われていた。(…)
 この蝋板の形態が、まさに冊子の基となる。この形態をパピルス紙や羊皮紙に応用し、ルーズリーフのような簡易製本が行われた。さらに進化して、数枚重ねてから中央で折り曲げ、折り目を糸で縫い付ける形態となった。」
「羊皮紙冊子本は、ローマ帝国がキリスト教を国教とした三世紀から破竹の勢いで広まった。聖所や教父伝、注解書など、キリスト教関連の書物が次々に書かれていったのだ。四世紀から五世紀にかけて、シナイ写本やアレクサンドリア写本、ヴァチカン写本などといったギリシア語聖書群が作られた。また、四世紀に、地中海沿岸のカイサリアでは、パピルス紙に書かれた書物を羊皮紙に書き写して保存するというメディア移行が行われた。」

「古代世界で生まれ、パピルス紙に代わる書写材として不動の地位を築いた羊皮紙は、キリスト教に広まりとともに普及していった。
 ただし、ローマ帝国内の成人識字率は一〇パーセントいくかどうかのレベルであり、書物を「読める」人はごく少数だった。」

「一三世紀パリにおいて、「情報革命」ともいえる出来事があった。
 当時の書物に使われていた羊皮紙は、平均的に厚さ〇・二〜〇・三ミリほど。つまり、コピー用紙(または一〇〇〇円札)二〜三枚程度の厚さであった。この厚さの羊皮紙で聖書を作るとなると、数冊に分冊しないと驚異的な厚さおよび重さになってしまう。
 そんな中、なんと〇・〇四ミリクラスの極薄羊皮紙が開発され、瞬く間に流通したのだ。それまで数冊に分冊されなければならなかった聖書が、たった一冊に、しかも持ち運べるようになった。
 この出来事は、巨大スーパーコンピューターが極薄半導体開発によるスマートフォンとなり、誰でも情報が持ち運べるようになったのと匹敵する「大革命」といえるのではないだろうか。持ち運べる小型聖書は、ドメニコ会やフランシスコ会など、移動しながら福音を宣べ伝える托鉢修道会の修道士たちや、大学で神学を学ぶ学生などに重宝された。極薄型羊皮紙による情報のモバイル化である。」
「中世末期の一五世紀、数え切れないほどの時祷書が作られ流行した。時祷書は「中世のベストセラー」と呼ばれている。同時に、このような書物の大量生産と流通により、生産の効率化も進められていく。その最たるものが、手で書くことを一切排除した画期的な技術、「活版印刷」である。」
「一四五五年頃、ドイツ・マインツの金細工紙ヨハネス・グーテンベルクが、金属活字と油性インク、活版印刷機を開発した。それまで一文字ひと文字手書きだった書物は、版さえできればあとは何冊でも大量生産できるようになったのだ。グーテンベルクは、四二行聖書を紙とともに羊皮紙(仔牛皮)にも印刷した。しかし、羊皮紙は手漉き紙と比べインクを吸収せずに乾燥が遅い。印刷自体も羊皮紙に安定して行うことは難しく、ほとんどの場合、羊皮紙に印刷されるのは部数の少ない限定版のみであった。
 古代から中世まで出版活動を支えていた中心的な素材、羊皮紙は、このように出版需要の高まりと技術発展により、メインステージから退くこととなった。」

「イスラム教成立前の中東にも羊皮紙は存在していた。」
「七五一年、イスラム軍と唐軍が現ウズベキスタンのタラス河畔で戦いを繰り広げた。イスラム軍の捕虜となった唐軍の一人に製紙職人がいたという。その捕虜から中国の製紙法がイスラム世界に伝わり、バグダッドに製紙場が作られた。七九三年のことである。
 バグダッドに首都を置いていたアッバース朝において、羊皮紙だった公文書がいち早く紙へ切り替えられた。削って修正できる羊皮紙に替えて紙を採用することで、公文書偽造の問題に対する解決を図ったのだ。この案を当時のカリフ、ハールン・アッラシードに提言したのは、宰相ジャアファル・アル・バルマキーであったと言われている。二人とも『千夜一夜物語』で有名な人物だ。
 イスラム圏における羊皮紙の使用は、バグダッドをはじめとする東側の地域では早々に廃止されて紙への移行が行われた。一方、西側のマグレブ(モロッコ)やアンダルシア(スペイン南部)では、一三世紀頃まで羊皮紙が用いられていた。」

「現在、世界で最も羊皮紙が販売・使用されているところは、イスラエルである。エルサレム旧市街を歩くと、羊皮紙製のユダヤ教用品が多く販売されている。また、羊皮紙自体を販売している専門店も多い。
 その理由は、ユダヤ教において「聖典類は羊皮紙に書くべし」という規定があるからだ。「聖典類」とざっくり書いたが、これは「トーラー」と呼ばれる旧約聖書モーセ五書、家のお守りである「メズザー」、そして額と腕に装着する「テフィリン」という小箱に入っている小さな巻物のことである。」
「ユダヤ教には神秘主義思想なるものがあり、ヘブライ語で「カバラ」と呼ばれる。カバラ思想においては、さまざまな護符(お守り)が羊皮紙で作られる。」
「羊皮紙で護符を作る習慣は、カバラを取り込んだ西洋魔術思想にも引き継がれた。」

「ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教を包含するインド文化圏における羊皮紙の使用についてはほとんど知られていない。これは、古代インドの倫理観「アヒンサー」、つまり不殺生の規範により、動物の皮を書物に利用することが避けられているためである。また、動物の皮という「不浄な」ものは、高度な思考を筆者するには値しないという考えもあったようだ。」

「八世紀にイスラム世界へ伝わった紙は、ゆっくりと普及した。ヨーロッパに製紙法が伝わったのは、一一世紀のことである。
スペインのハティバにおいて製紙場が一〇五六年に存在したという記録が残っている。フランスには一一九〇年、イタリアンのファブリアーノには一二七六年の時点で製紙場があったという。北方のオランダやドイツに製紙場ができたのは一四世紀であった。」

「人々は、「羊皮紙」という素材に対して、さまざまな印象を持ってきた。古代においては画期的な新素材。中世においては日用品。近世においては過去の遺物。そして現代においては知らない世界の憧れを引き出すもの。その憧れが「ファンタジー」や「冒険」の世界観と合致し、映画やゲームのアイテムとして羊皮紙は広く使われている。
 ファンタジーは架空の世界。しかし現実世界でも「魔法」が実践されている。羊皮紙は古くから魔術の護符として活用されてきた。聖なる言葉を支えるために相応しい素材として、羊皮紙は珍重されてきたのである。」

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八木健治さん「羊皮紙のすべて」インタビュー 知られざる素材と人類史を展望

羊皮紙工房サイト


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