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脊椎・脊髄疾患 #10-3 脊椎・脊髄の治療


手術の基本的アプローチ

 脊椎・脊髄疾患の手術は、脊椎や内部の脊髄、そこから枝分かれする神経根に対して行われます。また、行われる手術の内容は、
(1)神経に対する圧迫要因を取り除く。
(2)支持組織を再建する。に要約されます。

 脊椎・脊髄疾患のほとんどは、腰椎、頚椎に集中します。頚椎は前後両方から手術できますが、腰椎は腹部消化管や大動脈があるため前方からの手術は難しく、患者の負担も大きいです。そのため、できる限り後方から手術します。つまり、頚椎前・後方手術と腰椎後方手術が脊椎・脊髄手術の基本になります。

前方アプローチ:頸椎前方固定術

 圧迫病変が脊髄より前方にある場合や、圧迫病変の数が少ない場合(1~ 2カ所)、また頚椎が前のめりに変形したり、骨同士がずれているときに行います。仰臥位で頚部前面を切開し、気管と頚動脈の間を分けて頚椎の前面を出します。椎間板を前方からすべてかき出し、そこから神経を圧迫している骨棘を削ります。できたすき間に人工のブロック状固定具や、骨盤の一部をブロック状に切り出してはめ込む手術です。 

前方固定術

後方アプローチ:

①頸椎椎弓形成術

 圧迫部位が脊髄より後方にある場合や、 圧迫病変の数が多い場合(2~ 3カ所以上)、脊柱管(脊髄の通り道)が狭い場合に行います。
 腹臥位で頚部の後面正中を切開し、椎弓を切るか切れ込みを入れて細工し、後に開きます。ちょうどドアを開くような感じです。ここに人工骨や患者自身の骨、チタン製の固定具をはめ込んで脊髄の通り道(脊柱管)をうしろに広げる手術です。

 ②椎弓部分切除、後方除圧

 脊柱管狭窄症(加齢による骨・靭帯肥厚で腰椎の神経通路が狭くなる)のときに行う手術です。手術では後方から切開して椎弓骨を一部切除し、本来あるすき間(椎弓間部)を広げます。ここから脊柱管内で肥厚した黄色靭帯や、ゴツゴツに膨らんで神経(が収まった硬膜嚢)を圧迫している変性骨を摘出します。また腰椎椎間板ヘルニアでもほぼ同じ手術を行い、馬尾神経を包んでいる硬膜の袋の脇から椎間板ヘルニアを取り除きます。

手術終了後の患者の状態

 硬膜外の周囲に術後出血・滲出液が溜まることがあり、量が多いと硬膜と内部の脊髄を圧迫して運動麻痺を起こしてしまうことがあります。これを防止するため、硬膜外ドレーン(陰圧式)を1~2本留置します。創部は十分に止血されており、浸出液は無いかごくわずかです。

 脊髄手術での患者の麻酔覚醒は開頭手術と比較すると、とても早いです。新たな神経症状の出現、特に手足の動きを確認することが大切になります。

 頚椎の手術後、創部や頸椎の安定のために、カラーを装着しています。カラー装着方法(頚部の安静)は、執刀医によって考え方が異なりますので、指示を必ず確認します。

術後確認事項

 覚醒時の手足の動きの状態、ドレーンの位置と加圧についての医師指示、カラー装着の必要性、手術中に硬膜を開けたかどうか(術後髄液漏のリスクが上がるため)がポイントです。

頸椎カラーの装着や安静度

 前方、後方どちらの手術においても、術後は頸椎カラーを装着します。しかし近年、前方固定ではチタン製ケージを使用する症例が多く、その強固な初期固定のため、頸椎カラーの装着期間が短縮される傾向にあります。フィラデルフィアカラーのような比較的硬いカラーを着けるか、またはソフトカラーを着けるのかも様々です。

 術後の離床も短縮傾向にありますが、当日から歩行を許可する場合や、X線撮影と神経症状を確認してゆっくり安静度を解除する場合もあり、明確なエビデンスはありません。術式によっても異なります。腰椎術後のコルセットの使用や安静度についても同様です。

術後合併症

 帰室後は全身麻酔に関する合併症、脊椎・脊髄手術に関する合併症を確認、観察します。脊椎・脊髄手術の合併症としては、以下のものにとくに注意が必要です。

1.術後再出血

 創部ドレーンからの出血量が多く、手術部位から下位に神経麻痺がみられた場合、最初に疑います。多くは術後1日程度で発症します。硬膜外血腫の貯留が疑われたら、脊髄MRIやCTを行って診断します。血腫による硬膜嚢圧迫が確認されれば再手術を行い、血腫を取り除きます。通常は、脊椎・脊髄手術での創部ドレーンは翌日に抜きますが、流出量が多いときや画像で血腫・滲出液の貯留が見られた際は1日ほど延長して、血腫が硬膜外スペースに溜まらないよう工夫します。

2.髄液漏

 創部ドレーンから無色透明な排液が増えた場合は、髄液漏を疑い、ドレナージの中止やドレーン抜去をします。髄液漏がある場合、創部の治癒が遅れ、髄膜炎の原因にもなります。患者が立つと脊椎内の髄液圧が高くなるため、安静期間を長くします(1~ 7日)。さらに別の部位に脊髄ドレナージを行い、髄液圧を下げて漏れを防ぐこともあります。手術中に硬膜が開いたかどうかが、術後髄液漏リスクの目安になります。

3.感染

 術後数日しても持続する発熱、創部の痛み、体を動かしたときの手術部の痛み、創部の発赤がある場合は、感染を疑います。とくに糖尿病を併存している患者や人工物を埋め込む手術では、感染するリスクがあります。感染の疑いがある場合は、採血検査やMRIを行って総合的に判断します。抗菌薬の全身投与、再手術による創部洗浄、デブリードマン(感染組織の除去)や持続吸引ドレナージを行い、固定具は緩んでなければそのままにすることもありますが、緩んでいる場合は固定具も除去しなければなりません。感染は死亡する危険もあるので、初期対応がきわめて重要です。

4.神経障害

 手術前よりも、手足の感覚や運動機能が悪くなることもあります。患者は強いしびれ感や痛みを訴えたり、力が入らないと訴えることがあります。患者の訴えだけではなく、看護師の視点から冷静に神経障害を観察しましょう 手術直後にはなかった運動障害が明らかに強くなってきた場合は、ただちに主治医に相談しましょう。手足の決まった箇所に走る強い痛みを患者が訴える場合は、特定の神経根障害が考えられます。運動麻痺の有無と合わせて観察し、主治医に報告しましよう。

5.頚椎前方手術で注意すべき合併症

①反回神経麻痺

 術操作によって反回神経に触れることで、声帯が麻痺して、しわがれ声(嗄声)や飲み込みの障害が出現することがあります。

②ホルネル症候群

 頚部内を頭部に向けて走る交感神経が傷害されると起こる現象です。眼の瞳孔が縮瞳し、眼の開き具合が小さくなり(眼裂狭小)、顔に汗をかきにくくなります。

③食道・気管損傷

 前方の手術アプローチは頚部の前方から行います。頚動静脈や甲状腺、気管、食道をかき分けながら椎体まで到達します。手術の経過によって、食道や気管が損傷することがあります。食道が損傷すると、唾液や飲食物が食道外へ漏れ、縦隔炎を起こします。気管が損傷すると、空気が漏れて縦隔気腫になります。重度では生命にかかわるので、注意します。

④窒息

 術後血腫、髄液漏、気腫、炎症など、さまざまな原因で起こりますが、結果として気道が周囲から圧迫されてしまい、窒息してしまうことがあります。こうなると気管内挿管も困難なことがあります。緊急時には、頚の創部を再切開して圧迫しているものを取り除くことが必要です。

⑤ケージや移植骨の逸脱

 術後、X線撮影で逸脱の有無を確認しますが、逸脱があっても症状に乏しいことがあります。放置すると周囲の組織、血管、神経を損傷する危険があるため、再手術が必要です。

6.頚椎後方アプローチで注意すべき合併症

①C5麻痺

 術後数週間後に肩の外転や肘の屈曲といった運動障害が発生することがあります。これは、除圧された脊髄が後方に移動する際、第5頚髄神経根が引き伸ばされてしまうことにより発生します。経過観察で症状は改善されることが多いのですが、改善するまでに要する時間は個人差があります。

②軸性疼痛

 首から肩にかけての痛みや、肩こりに似た「重だるい」症状が生じます。これは頸の後の筋肉を切ることで、筋肉の血行障害を生じるためです。

7.その他

 腹臥位の手術では、無気肺(腹部・横隔膜に圧迫され肺が潰れる現象)や褥瘡、大腿外側皮神経麻痺(大腿前面のしびれ感)が起こりやすく、顔もむくみやすくなります。深部静脈血栓症にも注意が必要で、安静度が解除となり、自体重が下肢、とくにふくらはぎにかかった際に、深部静脈血栓が飛ぶ可能性があります。とくに、下肢麻痺患者には弾性ストッキング・フットポンプなどを利用して、血栓生成予防をします。

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