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人はなぜ茜色の空に惹かれるのか?(2020/7/7の書き散らかしを再掲・追記)

唐突ですが、いまの新社会人も、企業に入ったのち、やはり「日経新聞の読み方」なる研修を受けるのでしょうか?

30年近く前、社会人”たるもの”、やれ役員から「今日の日経に出ていたアレだけど」と朝イチで仕事ネタを振られるから心の準備しとけ、だの、やれ取引先に「日経に取り上げられていたあの記事読みましたよ」と真っ先に言えるようになれ、だの、いろいろと今ではご無沙汰しているお作法を教わったもんです。
そうそう、昔は、満員電車でも、朝刊をうまく折りたたみながら、虚空で記事をナナメ読みできる能力があるかどうかで、来たるべき乗り切れる情報戦に勝てるかが決まる、いわば日経新聞はサラリーマンの生き死にがかかった読み物でした。
まあ、いまは、各紙の見出しだけスマホでチェックして、自分に関係のありそうな記事だけ、無料サイトでさっと読むくらい…と、まあ、電車で紙をガサガサさせながら紙面に顔をくっつけるなんておっちゃんも稀少種となりました。

オールドメディアと言われて久しい新聞。
私も、よほどのことがない限り、スポーツ面くらいまでしか読まないんですが、先日たまたま目にした最終面、普段は、老害の仕上がりかけたじいさんが昔の自慢話を垂れ流すだけと定評が高い「私の履歴書」に目が止まりました。

私は人生とは二幕ものの喜劇だと思っている。
夜の部と昼の部という。
夜の帳(とばり)が街をつつむ頃、私は眠りにつく。
いつの間にか意識は薄れ夢の世界の住人たちが目を覚ます。
東の空に茜(あかね)色がさす頃、夢の住人たちはおやすみをいって消えていく。
そして今度は、目覚めという休憩をはさんで昼の部が華々しく開幕するのだ。

茜色とは、フジファブリックの名曲を持ち出すまでもなく、通常「夕日」「夕焼け」の色のことを指します。
アカネという植物の根で染めた、やや沈んだ赤色で、万葉集でも歌に詠まれているんだそうです(Wikipediaありがとう)。
一方「朝日」「朝焼け」は、同じ赤みがかった色でも「あけぼの」色と言うんだそうで。

なら、東の空に「茜色」の朝日とはどういうことなのか
かれこれ40年も前、第三舞台の旗揚げ公演「朝日のような夕日をつれて」で、22歳の鴻上尚史は、優しい語り口で、かつ残酷に
「朝日があがっていく(希望に満ち溢れた世界を)予感していたら、いや、神[ゴドー]が亡くなろうとした夕日が沈んでいく世界だった」
ということを舞台から突きつけてきました。
朝日のような夕日をつれて

あえて「コロナ禍」の世界に寄せて、解釈じみたことをたらたらいうつもりはなくって、私が本当に書きたかったのは、この人、茜空さんのこと。
ukka茜空の一問一答

自身が芸能活動を始めようというときに、「茜」色の「空」という名前をつけた彼女、たぶんそれを決めたのは、若干11歳だか12歳だったかのことだったはず。

この人のステージは見てるだけで楽しい、とにかく楽しい。
楽しいだけでなくて、時にちゃんと切ない。
とかなんとか、急にここへ来て語彙力を失っているんですが、冒頭の記事を読んでわかったことがあります。

やつは、日常と非日常の刹那、たまにあらわれるギフトなんだと。

そんなことを思ってしまった…しまった…しまった…
(志村さん、こんな文章しか書けず、本当にすみません)

(追記)

去年の7月にこんな駄文をかいたあと、10月に彼女は、自身の強い希望で「LGBTQ」について取り上げる個人配信を行いました。
世界は「朝でも昼でも夜でもない」二分律で割り切れるものじゃないんだよ、ということを示してくれたわけです。
12歳にして「茜空」という名前を冠した少女、確かに、名は体を表すのかもしれません。

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