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40代のふとももと人生のきっかけ

体験したことのない激しい揺れ、ボコッと陥没した道路。立体駐車場のスロープは落ちて、車がかろうじてぶら下がっていました。外に出ようにも出られない人の姿が遠目からでもわかります。

1日14時間。せっせと働いてきました。が、私の手には『勤務先の被災』による解雇通知がぶら下がっていました。
これで終わりかぁ…と茫然自失。しかし、いつまでもそんな状態ではいるわけにはいきません。人は落ちたら浮く努力をするものです。

今回は、少しの努力と焦りが、人生を変えた話をしていきます。

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さて、あの震災で職を失った人は一人や二人ではありません。仙台のハローワークは人であふれかえり、一つの求人に何十人もの応募者が殺到。倍率は宝塚歌劇団以上です。

人のなかには、身体と服のサイズが合っていない方、服の組み合わせが奇抜な方がいます。職どころか、津波で何もかもを失った方です。

そんな環境でノースキルの私が正社員の仕事を掴めるはずもなく、流れ着いたのは契約社員。大手通信会社の契約センターです。一気に400人採用の巨大センターでした。

しかしそれが悪かったのです。ここでは決められた仕事をこなすだけで、飲食店以上のお金がもらえました。座っているだけで1.5倍の差は大きかったのです。

正直に申し上げると、私は怠け者。今日、頑張れば明日は怠けられる!怠けたいからがんばるクチです。しかし、このセンターはがんばらずとも、そこそこのお金が手に入るわけです。ダラダラしようが、バリバリ働いていようが同じ金額が。

ぬるま湯のような安心感は人をダメにします。一時的な仕事と思っていながら、あっという間に2年が経過……。頭の中には「ずっと非正規でいいの?」がぐーるぐる。

本心でないながらもぬるま湯生活を送っていたある日、センター内で事件が起こります。
一人の女性が男性につかみかかりました。

「アタシの金を返せ!」

年齢は40代。下着が見えそうなほど短いホットパンツ。髪を振り乱して男性を責め立てます。

つかまれている男性は謙虚で真面目な方でした。信頼があり、他の仕事も任されているくらいです。職こそ震災で失いましたが、お金の貸し借りをするタイプではありません。
女性はなおも騒ぎます。

「アンタに毎日電話してるのに、よくも着信拒否にしやがったな!アンタにかかった電話代10万を払えーっ!」

女性は数日前から好意をこじらせて、男性に言い寄っていたようです。一方的な恋心はおそろしい。

まわりではドン引きしている人、クスクス笑っている人、身を乗り出して傍観している人がいます。
女性にはそれらの様子は見えていません。目はギラギラとしており、男性をぐわんぐわんと揺さぶり、請求書を取りだしてバカスカと殴りはじめる始末。管理者たちは女性を取り押さえ、奥へと連れていきました……。

(今の見た?)(マジかよ)(毎日電話するとか、必死すぎてキモイんですけど~)

警察を呼んでもおかしくない状況。それにも関わらず茶化す人のなんと多いことか……。
事件以降、女性をセンターで見たことはありません。カウンセリングでも受けてくれていればいいのですが……。

私は小心者ですので、自己を見失うことも、異常事態を茶化すことも恐ろしく感じました。

「ずっと居たら、いずれは私もこうなるのか……?」

ここから抜け出すためにも簿記の勉強をはじめることに。前職の頃から勉強はしていたものの、試験を受けるのが面倒で先送りにしていました。

勉強はするものの、シフトを減らせばお給料が減ってしまいます。そのため、シフトは一切減らさず、センターの休憩室で勉強をしました。

このときも、まわりの人は笑っていました。
「資格なんて意味がない」
「がんばるなんてダサイよ?」
そんなことを言われては、こちらはもはや意地です。絶対に合格しちゃる!そんでもって正社員になるんや!

試験に向け邁進するなか、私に一人の味方ができました。その人は20代から40代までコールセンターを渡り歩き、疲れきったAちゃんです。

仙台という街はコールセンターが多いのです。大企業がやりたくない業務を受け入れる街……。それが東北一の現実です。

私たちはともに簿記を勉強しました。Aちゃんが3級のテキストを買い、わからないところを私が教える。そうして数日経つとAちゃんの目がイキイキしていることに気がづきました。資格をとって人生を変えることを意識しているのでしょう。私も、彼女の姿に勇気をもらいました。

それから半年後、彼女は試験を受け、見事に合格!試験では緊張しすぎてミスを連発したらしいですが、それでも合格しました。

その後、彼女は地元の有名企業に転職が成功。
これまでコールセンターで「申し訳ございません」と繰り返していた彼女が、地元の正社員(事務)として働き始めたときは感動しました。
その後、私たちは疎遠になりましたが、結婚したとも聞きます。

周囲からどのように思われようと貫く勇気……。このままでいたくないという危機感。その思いが彼女の人生を好転させました。

もし、あのまま笑う人たちと一緒にぶら下がっていたらどうなっていたことでしょうか。やりたくない仕事をするのは世の中のせい。悪いことはすべて政治家と金持ちのせいとツバを吐き、ぬるま湯の中でとぐろを巻いていたかもしれません。

いま、あなたは何に打ち込んでいますか?努力はすぐに実を結びません。
それどころか、ゴールが大きければ大きいほど努力が必要で、まわりの雑音も大きくなります。
しかし、努力は裏切らないこともまた事実です。あきらめずに一歩一歩進み、人生を変えていくことを切に願っております。

(約2200文字)


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