会長の煩悶



私は、ある集団の長、すなわち某団体の会長を務めているのだが、一人の会員の復帰を待ち望んでいる。会員達に優劣を付けるのは気が引けるが、彼は特別であり、会における求心力は私よりも遥かに高い。言い訳めいたことだと思われるだろうが、私の求心力が低いのではない。人並ほどはあるはずだし、そう思い込みたい。改めて強調するが、私の能力が低いのではなく、彼の能力が特段に優れているのである。であるからして、彼の復帰というのは、私だけではなく、全会員にとっての切なる望みなのだ。率直に言って、私は彼が羨ましい。私は彼になりたい。

もしもの話だが、私が「そろそろ後進に道を譲ろうと思うのだが・・・」と険しくも穏やかな表情で他の会員に打ち明けたとしよう。もちろん、今のところそのような予定はない。会長の権限をフルに活用して、甘い汁を極限まで吸い尽くす気満々である。賄賂、リベート、袖の下。そのような心のこもった贈り物は、いつでもどこでも大歓迎である。私は、どのような贈答品も拒むつもりはない。いつの日か、手が後ろに回る気がしないでもない。

話を元に戻そう。私が辞意を表明したとしても、会員達は「あぁそうですか」というようなつれない反応を示すだろう。きっとそうに違いない。贈答品として受け取った饅頭の下に敷かれている紙幣を慎重に引き抜くことに夢中で、私の話など全く耳に入らないのである。畢竟、私はぶんむくれることになる。その頬の膨らみが饅頭の形状を想起させるが、いかな私でも自分の頬は食えない。あまり私のことを見くびってくれるな。

私は、会員達が全ての饅頭の下から、一枚残らず紙幣を回収するのをただ待つ。心を鬼にして、体を地蔵にしてじっと待つのだ。そして、全ての金勘定が済んだら、分け前をしずしずと頂くのである。だが、私はその時点で会長の座を退いているので、会長手当として特別に多く紙幣を押し頂くことはできない。嗚呼、なんたることだ!こんなことになるならば、格好なんてつけずに、会長の座にしがみついておけば良かったのだ!未練がましさこそが私の真骨頂だというのに!

そうなった場合、私は恨めし気な表情を浮かべながら、会の崩壊を心の底から願うだろう。突如として財政上の困難が到来して、会が解散することをひたすらに希求するのである。私の怨念は殊の外、強力であると自負している。怨念の格付けというのは自己申告制なのだ。私は怨念に願いを託して、潔く身を引くことにする。もちろん、身を引くついでに、紙幣をこっそりと引き抜くことも忘れない。「どさくさ紛れに金品奪取」これこそが私の座右の銘である。



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