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芸人がホストの世界に足を踏み入れた話

その日は当店No.1ホストのバースデーイベントだった。お店のVIPルームには巨大なシャンパンタワーが設置されていた。聞けばお客様の支払額は約1000万だとか。その衝撃に入店3日目だった新人ホストの僕はしばらくその場で立ち尽くしていた。

僕は芸歴8年目の若手芸人だ。
そもそも何故ホストを始めたかと言うと芸人として個性を出すためだった。
オーディションに落ち、作家さんにキャラがない、個性がないとダメ出しされる日々。
何かヒントになってくれ!
そんな思いでホストクラブのバイトを始めた。



入店初日

お店はどのように探したかと言うと先輩芸人の知人であるホストさんに紹介してもらった。

新宿歌舞伎町の奥地にその店はあった。
店の前には順位をつけられたホストの写真が飾られている。じっくり眺めたい気持ちもあったが通行人の目が気になり、そそくさと店の扉に手をかけ中に入った。
重厚な扉を開けると両サイド鏡張りの階段が地下へと続いていた。

階段を降りホールらしき場所を見渡すと廊下はライトアップされていて、天井からはシャンデリアがいくつも吊るされている。高級そうなソファーとテーブルが所狭しと置いてある。

(なんだ、、ここは、、)

見慣れない光景に足がすくみそうになった。
更にあたりを見渡すとホストらしき人物を見つけた。その男は鏡の前に立ち前髪を直しては鏡を睨みつけるというルーティンを繰り返している。

(なんだ、この人は、、)

しかし辺りを見渡すとそんな人間が2人も3人もいるではないか。完全に普段いる世界とは違う場所に来たのだと認識した。

恐る恐る前髪直し男に声をかけてみた。

「すいません。今日から働く者なんですが」

すると前髪直し男は鏡を見たままこちらに一切顔を向けることなく会話を始めた。

「あー新人?ちょっと待ってねー!あ!芸人なんだよね?」

ノールック会話。
どうやら顔も向けられない状況らしい。
その男の鏡を睨んでは前髪をいじるというルーティンはしばらく続いた。

どうやらセットが終わったらしく前髪直し男は

「よし!」

と一言発した。
正直何が変わったのか全くわからなかった。

前髪直し男にキッチンらしき場所に案内された。そこで何人かのスタッフに挨拶をした。意外にもみんな接しやすくとても気さくに話しかけてくれた。

その日は研修を受けお店のルールや接客の仕方などを習った。先輩ホストさんについて回って実際に接客もした。ただただ緊張してテンパりながら初日が終わった。

2日目も似たような1日だった。

掃除

研修

接客

片付け

2日目を終えると明日はイベントがあると伝えられた。イベント?そう聞き返すと当店No.1ホストのバースデーイベントがあると説明を受けた。 

(あーお誕生日会みたいなものをやるのか)
この時は
「〇〇さんおめでとう〜」
「どうもありがとう〜」
パチパチパチパチ
ぐらいの物だと思っていた。

翌日ホストのバースデーイベントがとんでもない物だと身をもって知る事になる。



入店3日目

バースデーイベント当日。
出勤すると内装がガラリと変わっていた。そこら中にバルーンや装飾が飾られている。シャンパンボトルのラベルには本日の主役ホストの写真が貼られている。
ちなみにホストの宣材写真で多用されているパターンは2つある。

・考え事パターン
顎に手を置き目を逸らし何かを考えているようなポーズ。しかしながらこのポーズをするほとんどのホストが何も考えてはいない。あと目線流しがち。

・寝違えパターン
寝違えて「いてててて」と首の後ろを押さえる事があると思うがそのポーズだ。何故か首の後ろを触りたがる。カメラ目線でバキバキの目つきが多い。

ちなみに今回主役であるホストの宣材写真はNo.1なだけあって一味違った。

彼の宣材写真は【サングラス食い】だ。

サングラスの耳にかける部分を口に咥えている。どういう経緯でサングラスを口に咥えたのか是非知りたいものだ。カメラマンもどんな心境で撮っていたのだろうか。

入店初日に来た時以上に圧倒されながら店内を進んでいくと1番最奥のVIP席と呼ばれる場所にアレがあった。

【シャンパンタワー】である。

テレビや動画でしか見たことがない代物。
まさか実物をこの目で見る日が来るとは。
そんな事を思いながらシャンパンタワーに近づいた。ふと素朴な疑問が湧き上がり近くにいる先輩ホストさんに質問してみた。

「これを注文してるお客さんていくら払うんですか?」

すると先輩は昨日食べたご飯を聞かれた時くらいの軽いノリで

「これくらいだと1000万かな〜」

と馬鹿みたいな顔をして答えた。それくらい珍しい事ではないとマヌケな表情からは伝わってきた。

しかし入店3日目の新人ホストには信じられない金額だった。

「1000万?!」

僕はとんでもなく動揺して質問を続けた。

「え?これやるためにどういう団体が動いてるんです?」

と大真面目に聞いた僕に対して笑いながらその先輩は

「1人だよ!1人の客がそのお金支払うから」

と答えた。

他人の為に一日で1000万を使う。なんて世界だ。研修では教えてもらえなかった生々しい事実を知り、ようやくホストの世界に足を踏み入れたんだと実感した。

営業時間になるとお客様が続々と入ってきた。ほとんどがNo.1ホストに会いに来ている。

時間が経つにつれて店内は活気づいていく。そこら中のテーブルで

「シャンパンいただきましたー!ありがとうございます!」

というアナウンスが流れる。自分の妄想していたお誕生日会とは規模も盛り上がりも段違いだった。

するとここでVIP席のお客様が到着したとスタッフから伝えられた。

(1000万の人か...)

我ながら失礼なのは重々承知だがシャンパンタワーを注文したお客様に対してはその印象しかなかった。
赤いドレスにペルシャ猫を抱えたド派手なマダムでもやって来るのだろうと勝手に想像していた。しかし来店したのは黒髪、黒ワンピースの20代半ばくらいであろう清楚な女性だった。

わけがわからなかった。もう考えるのをやめようと思った。ここはホストクラブというファンタジーな空間なんだ。起きている事は現実じゃない。そう考えるようにした。

夜も深くなりイベントの盛り上がりもピークになったところで従業員全員がVIPルームに呼び出された。

どうやらシャンパンタワーを使ったメインイベントが開催されるようだ。
説明を聞くとグラスが積まれたタワーにシャンパンを注ぎ、それをホスト全員に配ってどんどん飲んでいくという物だ。

その間ホスト達が一斉に

「ワッショイ!ワッショイ!」
「ソレソレ!ソレソレ!」
「オリャ!オリャ!」

というなんともチープな雄叫びを上げ場を盛り上げていく。

しかし僕はある点についてとても引っかかった。

〝シャンパンをホスト全員がどんどん飲む〟

(1000万かけて用意した物をみんながどんどん飲むだと?ちょっと待ってくれ!じゃあグラス一杯あたりいくらのシャンパンを飲む事になるんだよ!)

とここまで思考停止を決め込んでいた僕だったがその疑問により一気にファンタジーの世界から現実へと呼び戻された。僕は即座にグラスを数え始めた。

200個近くのグラスがありそうだ。
1000万÷200=5万

とてもとても小さいシャンパングラス一杯あたりの値段が約5万円だ。
もちろんシャンパンのみにかかっているお金ではないし全体的にかかる金額が1000万なので一杯あたり5万という計算はもちろん間違っている。
だが当時ホスト業界の知識がほとんど無かった僕はそんな計算式を叩き出し

〝一杯5万円かよ!〟

と心の中で盛大にツッコミを入れていた。

ちなみに当時の芸人の月収が4万ないくらいである。グラス一杯のシャンパンが月収以上。

(これを一気に飲めと)

もちろん大した量ではない。
グイッと流し込む。
またもや心の中で

〝給料1ヶ月分!!〟

と叫んでいた。

すでに気持ち悪くなった。
酒に酔ったわけではない。あり得ない状況に脳がついていかないのだ。

イベントの盛り上がりは最高潮に達していた。ホスト達は相変わらず

「オリャ!」「ソレ!」「ワッショイ!」

と連呼している。

一杯5万の酒。
鳴り響く謎のオリャオリャ音頭。
異世界すぎて〝空間酔い〟とでも言ったらいいのか。頭がグワングワンと回ってきた。さらにグラスを渡されシャンパンを口にする。

〝給料2ヶ月分!!〟

〝給料3ヶ月分!!〟

一杯一杯、丁寧に脳内でツッコミを入れた。
自分の芸人としての3ヶ月の活動が何故か走馬灯のように流れ始めた。金にならないネタを描き続ける毎日。出演料もないライブに出てネタを試す日々。ネット番組でケツバットやタイキックを食らう時もあった。
そんな少しづつの積み重ねで得た芸人の給料3ヶ月分。その金額分をものの数分で胃に流し込んだ。



酒に酔ったのか空間に酔ったのか僕はとても気持ち悪くなり、そのままトイレに駆け込み意識を失った。

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