見出し画像

緑の窓の話


窓が好きだ。
できれば、空と緑の見える窓。他はどんな景色でも構わないし、どんな方角を向いていてもいい。


いま暮らしている部屋は、建物の角に位置していて、2つの窓からは緑と空と街がよく見える。最近は、朝日が少しまぶしい。緑がどんどん、春から初夏へ向けて濃い色になっていく。毎日窓を開け放って、季節と光をたっぷり味わう。

前に住んでいた部屋は、同じように角だったのだけれど、とことん光の差さない北向きだった。でも、静かなその部屋は、いつもひんやりと涼しくて、微かに山の匂いがする。特に明け方は、ほんとうに綺麗な青い空が見えるから、温かいマグカップを手に窓辺に腰掛けて、夜明けを眺めていた。


思い出せる窓は、まだまだたくさんある。家族と並んで月を見上げていた実家の窓。イチョウがいっぱいに広がる図書室の窓。鉄塔と電車が遠くに見える、おじいちゃんのおうちの窓。

思い返すと、北向きの窓がある部屋は、どこもみんな静かだった。南向きの窓は賑やかで明るい。もしかすると、光というのは、随分おしゃべりなのかもしれない。


窓が好きなのは、子供の頃から。家の窓でも、学校のでも、車窓でも。とにかく窓があれば、わたしはそこに張り付いて、いつまでだって飽きることなく景色を見ていた。
それは今も変わっていなくて、どこに行っても、窓のそばにいると安心する。世界と、自分の暮らしが、ちゃんとつながっていることを感じる。



同じ窓から見える景色は、一見変わらないように見えても、毎日どんどん変わっている。時間、季節、天気によっても違うし、街のどこかでは今、新しい建物がつくられていて、古い建物が壊されている。公園の木々は少しずつ大きくなって、遠くから移り住んできた誰かが、暗かった窓にオレンジ色の明かりを灯す。

同じ瞬間は二度と見られないし、自分自身だってちょっとずつ成長しているから、一日たりとも同じ自分ではいられない。変わっていく景色を見つめながら、寂しくなる夜だってある。
でも、窓から見える瞬間のひとつひとつ、その全てが、何よりきれいで幸福だと思うのだ。変わっていくことは、寂しいだけじゃない。前に進んでいく世界のすべてを、ちゃんと好きだし、好きでいたいと思う。



絵を描くのも、写真を撮るのも、文章を書くのも。そうやって変化していく日々の美しさを、どこかに残しておきたくて、続けているのかもしれない。
留められない幸福たちが、確かにここに在ったことを、いつか未来のわたしに、あるいはあなたに知って欲しい。


窓の向こうでは、緑が揺れている。だれもいない道端で、信号機が青に変わるのが見えた。
ゆっくり、自分の歩幅で、歩いていけるだろうか。光や風や時の流れを、焦らず見つめて記憶したいな、と思う。

悲しい夜にも、その愛おしさを、ちゃんと覚えていられるように。心のどこかに、名前のない幸福を、いつでも抱いていられるように。


2022.5.2



ーーーーー



ゆるりと、言葉を紡いでいけたらいいなと思っています。内容はその時々、でもきっとたぶん、わたしの大切なもののことを。

気の向いたときにでも、のんびりお付き合いください。どうかあなたの日々が、優しく穏やかなものでありますように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?