燃え殻『これはただの夏』と、あるいは物語による自己充足と。
心があたたかくなる、でもすこし切ない、そんな夏の思い出を巻き戻す、燃え殻さんの『これはただの夏』。うだる夏にふさわしい、すこしダブついた休暇を、ちょうどよく埋める贈り物だった。
日々の喧騒に飲まれて、ぼくたちは思い出を忘れてしまう。思い出どころかぼくたちは昨日していたことさえ忘れてしまったりする。そして、今目の前にある問題や課題に苛まれながら、余裕もなく暮らしている。もっとゆとりある暮らしがしたい。そう思っていても、なかなか現実はきびしい。
それでも、ぼくたちは物語を通じて、陽炎のような淡い思い出を、呼び起こすことができる。そして、思い出に耽溺し優雅な現実逃避によって自分を癒すことも、甘美な記憶を頼りに生きる力を取り戻すこともできる。
ぼくたちは思い出をベースに今を生きている。過去の延長線上に今があるのだから、当たり前と言えば当たり前だ。過去の出来事から多くのことを学び、糧にし、今の自分を形作っているのだ。
だからこそ、たまには物語によって自分の思い出に、記憶に立ち返り、自己を取り戻す必要があるのかもしれない。
夏から秋への季節の移ろいとともに描かれた、センチメンタル。ぜひ本書を手にとって、あなたの夏の記憶を巻き戻し、生きるエネルギーを充足してほしいと思う。
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