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電気信号

 ボクは雨宿りをしながら、意識について考えていた。
 例えば今ここで眠ってしまったとして、意識はどこに行くのだろうか?
 科学的な答えは出ているハズだけど、どうしても自分だけの答えを出したかったのだ。
 意識とは何なのか?
 脳が電気信号で形成しているのか?
 それとも魂というものが形作っているのか?
 いや、そんな事はどうだっていい。ただ自分の中に意識という存在がある事を証明したくて仕方がなかったんだ。
 しかしいくら考えてみても、結論が出るわけがない。ボクの世界にはまだ解明されていない事がたくさんある。
 その1つが今考えているモノ──意識だ。
 そもそもどうして人は意識を持つに至ったのか? なぜ人は意識のない世界で夢を見るのか?ボクには何も分からない。
 ただ言える事があるとすれば、今のボクには一応の意識があって、それが頭を動かしているという事実だけだ。 

 ボクは空を見上げる。灰色の雲が太陽を覆い隠して、薄暗くなっていた。雨足が強くなって、地面を打つ音が辺り一面に響いている。ボクはこの問題について考える事をやめて、ゆっくりと歩き出した。
 目的地なんてない。ただ今はじっとしている事に我慢できなかった。何かしていないと、考えていないと不安になってしまう。
 ボクは自分の体が濡れるのにも構わず歩いた。そして気が付けば、見たこともない場所に立っていた。
 そこは廃墟だった。かつては活気があった場所なのだろうけど、今では見る影もない。建物は崩れ落ちていて、草木が生い茂っていた。
 ボクは瓦礫の上に腰掛ける。もう歩く気力はなかった。
ここはどこなのだろうか。少なくともボクがいた街ではない。こんな寂れた場所は知らないし、それに何より空気が違う。あの街の匂いとは違う、錆び切ったような感覚──

 ボクはふと思い出す。そうだ、これは夢の中なんだ。
でも、自分はいつ寝たんだろうか。確か昨日は夜遅くまで本を読んでいたはずだ。けれど、そこから先の記憶がない。おそらくそのまま眠ってしまったのだろう。そして、この無意識が生み出した世界──混沌としたココロの破片にやってきた。

 ボクは立ち上がって辺りを見渡す。誰もいない。誰もいなかった。生き物すら存在しない、まるで死に絶えた物語の様な世界。
 そこでようやく気づく。そういえば雨音もしない。風の音もしない。聞こえるのはただ自分の心臓の音だけ…… つまり、ここは完全に孤立した空間なのだ。
 孤独を感じる時、人は様々な感情を抱く。それは喜びであったり、悲しみであったりする。
 だけどボクの場合は違った。最初に抱いたのは恐怖。今まで感じたことのない得体の知れないモノに対する恐怖だ。
 思わず走り出す。ここに居てはいけないと思ったからだ。
 だけどすぐに転んだ。足元を見ると大きな水溜まりが出来ていて、ボクはその水溜まりの中に身体を突っ込んでしまう。冷たい感触が伝わった次の瞬間、心臓が高鳴った。それは赤い血に変わっていたのだ。
 全身から冷や汗が流れる。同時に激しい痛みに襲われた。胸元を押さえると、自分の黒い血と赤い血が混ざり合ったモノが指の隙間から溢れていく。それを見た途端、呼吸が激しくなった。
 痛い。苦しい。 あまりの苦しさに膝をつく。両目から溢れた涙が血と混じり合い──

 そこで、目が覚めた。目の前には見慣れた天井が広がっている。カーテンからは朝日が差し込んでいた。
 時計を確認すると朝7時過ぎ。普段ならまだ眠っている時間だ。
 だけど今日に限って言えば、そんな事を言っている場合ではなかった。
 ボクはすぐに着替えて家を出る。向かう先は病院。目的は千絋の見舞いだ。
 彼女は昨日から入院していた。理由はわからない。ただ突然倒れてしまった。
 医者の話によると、特に命に関わる病気でもないみたいだし、今は安静にしていれば大丈夫との事だった。
 病室の扉を開けると、そこにはいつも通りの彼女がベットの上で横になっていた。顔色は悪くないし、規則正しい寝息を立てている。少し肌寒いのか、布団を深く被っていた。
 ボクは静かに部屋に入る。すると彼女がゆっくりと起き上がった。
 視線が重なる。その瞳はまだぼんやりとしていた。
 しばらく無言のまま、お互いの顔を見つめ合う。先に口を開いたのは彼女だった。
「おはよう」
 ボクは黙ってうなずく。
 それからまた沈黙が訪れた。
 正直何を話せばいいのか分からなかった。そもそも彼女に何を伝えればいいのか、よく分からなかったんだ。
 だからボクは何も言わずに、ただ彼女の顔を見ていた。それで満たされていた。
彼女がそこにいるだけで、ボクの心は救われるんだ。
 だけど、それは仮初めの充足でしかない。
 しばらくして、ボクは言った。それはずっと伝えたかった事だ。
「ボク……キミの事が好きだよ」
 唐突過ぎるかもしれないけど、ちゃんと言えた。その言葉で精一杯だった。
 これでようやく、前に進める気がする。
 でも、やっぱりそれだけじゃダメなんだ。
ボクはもっと欲しい。彼女との未来が。

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