【音楽】死の舞踏(か~ら~の~自分語り)

バスを降りるときに「ありがとー」って言うの
関西だけってホンマですか?! by某ケンミン番組
嘘でしょ、みんな言ってるでしょ?!
と思ってるユキです、こんばんは( ・3・)

さて、今日はのこの曲をば。

サン・サーンスの死の舞踏。
「これ、好きやねーん❤️」って、声を大にしては言いにくいタイトル 笑

作曲された経緯としては

フランスの詩人アンリ・カザリス(英語版)の奇怪で幻想的な詩に霊感を得て、1872年にまずは歌曲として作曲され、1874年に管弦楽曲としてまとめられた。午前0時の時計の音とともに骸骨が現れて不気味に踊り始め、次第に激しさを増してゆくが、夜明けを告げる雄鶏の声が響きわたるや墓に逃げ帰り、辺りが再び静寂に包まれるまでを描写的に描いている。(Wikipedia)

↑とのとこです。
小刻みに奏でられる音がガイコツがホネをカタカタ鳴らしながら踊ってると思うと

可愛くないですか?

ワタシが頭のなかで勝手にコミカル化させてんのかしら。
(イメージはアンパン○ンに出てくるアレ)
夜明けを告げる雄鶏の声を聞いて逃げ帰るなんて。。
可愛い( *´艸`)

というのも、ワタシの死生観が影響してるのかも。
まだまだいろんな事を経験したいので死ぬのは嫌なんですけど、小さい頃から死は怖いものではなく単純に「肉体の終わり」と思ってるところがありまして。ええ。
祖母が納棺されるときにガン見して母に止めらました。
ちょっと気味悪い子どもやったかも知れません。

そして、この曲にハマった頃。。
なぜか急に身の回りに「いのち」って言葉が溢れ出してきて。

↑その頃のワタシのFacebook。

そしてその数日後、20年来連絡の取れてなかった叔父が前年末に亡くなってたと警察から電話あったんですよ ゚ ゚ ( Д  )

警察の方から亡くなったときの状況やらなんやらを聞きますと、母や祖母は涙。。(そりゃそうです)
一方ワタシは淡々と叔父の気持ちを想像してみたり、自分に置き換えてみたり。
そりゃ悲しくはなるけど「叔父さんから何かしらのメッセージ」を自分なりに受け取らなきゃ!と思うわけです。
(ドライで有名なワタシ)

そうして学んだことは
・周りに頼る自分の弱さを認識する
・伝えたいことはその時言う

でした。
人生何があるかわからない。
「また今度」が必ずあるとは限らない。
死を感じるからこそ「生」が輝くというか。
ホネになってからもこの曲のようにまた新たな世界(?)があるとは思うけど、今の世界で会ってる人に会えるとも限らない。

なのでバスの運転手さんにももっと「ありがとー」を言お、と思う次第です♪
(あ、これはケンミン性??)

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