登山と野生
「なぜ山に登るのか」と聞かれて、「そこに山があるから」と答えることに大きな間違いが含まれていることは、あまり知られていない。"Because it's there." と答えたジョージ=マロリー氏は、その頃未踏峰だったエベレストの登頂を計画していた。幾度も「なぜ登るのか」という同じ質問を浴びせる報道陣に対して、丁寧に答えることに疲れてしまったマロリーは、ついに「それ(未踏峰としてのエベレスト)がそこにあるからさ。」とぶっきらぼうに答える。つまり、特定の性質を帯びた特定の山が存在しているからだ、という意味を一般化してしまった例が、冒頭のやり取りというわけだ。
では、この一般的な「なぜ山に登るのか」という質問に対して、ぼくはどう答えるだろう。
多分、「楽しいから」というのが最短の回答だが、これではあまりに無粋だ。登山の楽しさはほんとうにいろいろあるが、ぼくにとっては、自分が動物であることを確認できる、というのがけっこう大きい。
下界で日々の仕事をしていれば野性は眠っていくし、脳のはたらきは大脳新皮質に偏る。山が深ければ深いほど、状況が過酷であればあるほど、ぼくは自分の野生が目覚めていくのを感じる。それは、一般的な「楽しさ」とは違うのかもしれない。もちろん、晴れた日の穏やかな山も好きだが、過酷な状況で忍耐を強いられる状況も、ぼくには楽しいみたいだ。
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