インドカレー屋のナンを頼んだ後のあの「音」の豊かさ
インドカレーが好きだ。仕事関係のご飯にしても、僕に選択権があるならば、行き先は十中八九インドカレーである。したがって、インドカレー屋にはたいへんよく行く。インドカレー屋に思うこともたくさんある。
とまあ、書き上げて行くとキリがない。よく行く場所でもあるし、インドカレー屋自体、国内にありながらある種の異国情緒をまとっていて、飯のためだけのある空間にしてはデザイン性の豊かな、とっても面白い場だからだ。掘れば何でも出てくる。そういうところも、僕がインドカレー屋を愛する理由なのかもしれない。
そして最近、インドカレー屋について思うことが一つ増えた。「音」だ。
インドカレー屋では、大抵の場合プレート、セットのようなものを注文することになる。単品で頼むこともできなくはないのだけど、インドカレー屋に来たからには何となくカレーとナンが食べたくなる。結局まとまったセットがあるとそれを頼む。そういう導線があるのだ。内容としては、サラダ、カレー、ナン、ラッシー、場合によってはタンドリーチキンなんかもある。
そしてそういうものを注文すると、ナンを作っている時の「音」が聞こえてくる。キッチンの方から「バン!バン!バン!」と規則的なループが数回。あの音、めっちゃ豊かだ。あの心地よさったらない。出囃子にしたいくらい良い。
あの音、魔法なんじゃなかろうか。単なる音でしかないのに、いくつもの役割と機能と効果を果たしている。あの音は、その店がナンを手作りしていることの証でもある。同時に、「ああ、いま俺のナンがこねられているな、何かに打ち付けられているな」という実況中継の役割も果たしている。
「待つ」という行為は何にしたって退屈になりがちなのだけど、予兆やカウントダウンが鮮明だと、もうわくわくしてたまらない。
じきに、こねたて・焼き立てのナンが届く。一口食べる。美味い。絶対に美味い。ナンが不味かった試しはない。この宇宙全体の真理として、ナンは普遍的に美味い。
僕が思うに、ナンの百発百中の美味しさの原因は、あの「音」だ。あの音は調理のリアルタイム感を伝え、ナンの美味しさを何倍にも増幅させているのだ。
調理中の音が聞こえてくるのは、インドカレー屋のナン作りの場面だけではない。飲食店においては、たびたびキッチンから料理をしている音が聞こえてくることがある。ラーメン屋で聞こえてくる湯切りの音、中華屋で聞こえてくる中華鍋の音、とんかつ屋で聞こえてくる豚肉を叩く音。
しかしそれらには、何らかの意味での欠点がある。音が小さすぎて聞こえづらかったり、音が大きすぎてしんどかったり、テンポが速すぎたり、遅すぎたり、自分の頼んだものが届くペースとは無関係だったり。
その点、ナンである。ナンの音は何もかもほどよい。適切に主張もしてくれるし、それでいて不快なほどにはうるさくない。こちらの期待感をただ盛り上げて、乗らせてくれる。
ナンを作るリズムとは、幸せへと至る最高の前兆、朗らかな祝砲なのだ。ナン以外にもそういうリズムを見つけてみたいもんだ。気持ちいい瞬間へのカウントダウンって最高だからね。
ところであのナンのリズム、プレーンナン以外のナンを頼んだ時にも聞こえるのだろうか。頼む機会がなさ過ぎてまったく分からない。気になる。鳴ってくれた方が嬉しい気もするし、鳴ってくれなくても嬉しい気もする。どうやら、僕がプレーンナン以外のナンを頼むまでのカウントダウンも、始まっているようだ。
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