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なぜか、本当になぜか、「ネトウヨの皇帝」が僕のファンだった話

恐らく僕しか経験していないであろう、かなり不思議な思い出のことを書こうと思う。

数年前、Twitterで大暴れしていたアカウントがあった。そのアカウントは、ジャンルでいうならば「ネトウヨ」だった。本人自身が「ネトウヨの皇帝」と自称していた。皇帝のフォロワー数は10万人を超えていた。結構ちゃんとデカい。それでいて煽動的なデマツイートが多く、かなり悪質なアカウントだった。デマに右も左も保守も革新もない。言葉を選ばず言えばほぼ反社だった。なんで皇帝が反社なんだよ。矛と盾で矛盾、どころの騒ぎじゃない。誰かこれを新しい故事成語にしてくれ。

さて、そんな「ネトウヨの皇帝」は、一介の芸人に過ぎない僕のツイートに、ちょくちょくリプライを送ってきていた。頻度でいうとどれくらいだろう、間が空くときで一ヶ月くらい。頻度の多い時期となると週一くらい。

その内容は……ごくごくお笑いファンが芸人に送るようなリプだった。なんでだよ。なんでなんだよ。政治的話題に関する論争とかじゃない。煽りとかじゃない。リプのノリは、完全にラジオメール。それも採用される方の。かなり出来る奴のラジオメール。マジでなんでなんだよ。不気味すぎるって。

僕がうどんの話を呟けば、彼はうどんの食べ方の小ボケを送ってきた。しかも割りといい小ボケ。難しすぎない奴。「逆だろ」とか「デカすぎるだろ」とか返せばいい奴。周りが引いちゃうようなネトウヨボケとかでもない。初見さんが見ても大丈夫な奴。それでいてありきたり過ぎず、ちょっと工夫が効いてる奴。マジでなんでなんだ。怖いって。せめてアカウントを変えろって。

あるいは、僕が「なんか海鮮丼食べたいなぁ」とか呟けば、「どこそこのお店がおいしいですよ、ランチなら安いです」みたいなリプを送ってくる。本当になんでなんだ。なんで「ネトウヨの皇帝」が僕には海鮮プチ情報を教えてくれるんだよ。だからアカウントを変えろって。「ネトウヨの皇帝」がRettyの回しもんみたいなことすんな。

そう、要するに、「ネトウヨの皇帝」は僕のファンだったのだ。お騒がせ者で、お尋ね者で、ネット上のあれこれによって裁判案件も抱えている彼は、僕の前ではマジで普通のお笑いファンだった。何ならお茶目でマナーがよくて、ややこしい要素の一つもない、演者側として安心できるファンでさえあった。

いや、そんなわけない。安心できるわけがない。実際、安心できたわけじゃない。だって彼が楽しい小ボケを送ってきている時でも、彼のタイムラインを眺めると散々デマをばらまいたり、誰かを貶めたり、「そんなん何の足しにもならへんやろ、そもそもそれって保守であってんのけ」みたいな暴論を振り回していたのだから。ややこしい要素めっちゃある。ややこしすぎる。

でも、僕の前では猫を被ってくれる。なんでなんだ。本当になんでなんだ。なんでこいつは僕の前でだけ、ただのお笑いファンなんだ。

まずそもそもの話として、僕は彼の発言や政治思想(それが思想だったかは知らんが)とはほとんど全く相容れなかった。なんというか、彼の言っている内容以上に、彼のやり方に許せないものがあった。保守思想には良識や美点を見つけられるけれど、彼のデマデマしいやり方には良識や美点なんか一つもなかった。

彼が一度でも僕にそういうスタンスで突っかかって来たならば、きっと僕は迷わずブロックしていただろうと思う。意見の対立以上に、やり方のアンフェアネスが許せなかった。

そして彼もそのことをわかっていたのだろう、彼が僕に政治の話を持ちかけることは一度もなかった。彼から来るリプライといえば、ちょうどいいラジオメールのようなものばかり。

それなら積極的にブロックする理由もない。スルーしたり、たまに返事をしたり。「なんじゃこいつ」と思いながら、僕はその不気味でアンバランスな状態を放置していた。

不思議だったのは、彼が長期間に渡って「ネトウヨの皇帝」アカウントからリプを送ってきていたことだった。ファンアカウントとか、それでなくとも日常アカウントとか、写真をあげるだけのアカウントとか、懸賞アカウントとか、もうちょい無難なアカウントを別に作ったらいいのに、と思った。

どうして彼は「ネトウヨの皇帝」として僕にリプを送ってきていたのか。

考えるに、きっと僕は彼にとっての日常枠だったのだろうと思う。

彼が「ネトウヨの皇帝」になったことに、どういう目的があったのかは知らない。そもそも目的があったのかさえもわからない。

けれど、彼は確かに、日夜裁判スレスレのリプ合戦に勤しんでいた。「皇帝」と名乗りつつ、めちゃくちゃ前線で、誰彼構わず敵とみなした相手に剣を振るって大暴れしていた。あんまそのタイプの皇帝いねえって。やってること的にはバーサーカーだって。皇帝じゃない、バーサーカー。本当に皇帝だったらふんぞり返ってりゃいいんだから。

そんなえげつないSNSの使い方、常人に耐えられるものではない。きっと彼には精神的な疲弊もあったんだろう。「もうこんなSNSの使い方をしたくない」と思った日もあっただろう。「自分は意味のないことばかりしてるな」と凹んだ日もあっただろう。

だからこそ、日常枠として僕のことを、癒しポイントとして置いていたのだろう。だからこそ、彼は「ネトウヨの皇帝」のまま僕に関わらなければならなかったのだろう。オンラインバーサーカーと化してしまってなお、電子の海でもまだ少しだけ人間でいられる部分として、僕のことを置いておいたのだろう。

実は一度、彼に会ったことがある。イベントの出待ちで声をかけられたのだ。彼は「僕、〇〇の中身です」と言った。

僕は、そうな、一応言うべきだよなと思って、「あんまりよくないネットの使い方しているよね、あれはよくないよ」と言った。彼はなんだかとても恥ずかしそうに苦笑していた。きっと、自分でもそのことをわかっていたのだろう。

しばらくして、彼のアカウントは色々あって消えた。詳しくは追っていないけれど、どうやら経歴詐称があったとかなんとかで、ちょっとややこしい事態になっていたらしい。増えまくったフォロワーや影響力が、そのまま強烈な超攻撃型ブーメランとなって自分に返ってきて、キャッチに失敗したようだった。彼は急速に求心力を失い、とうとういなくなった。

ネトウヨの皇帝からの、無難すぎて不気味な小ボケリプが来ることはなくなった。

時は流れ、TwitterはXに名前を変えた。今、彼は何をしているのだろう。もともと知らん奴なので何一つ知らん。僕はあの頃と変わらず芸人をしている。毎日コントを作ったり、文章を書いたりして暮らしている。

おかげさまで、当時よりなんぼかファンも増えた。毎日、ラジオメールのようなちょうどいい文字が飛んでくる。小ボケも来るし、食べ物のプチ情報も飛んでくる。実はその中の一つが彼だったりするのだろうか。全く別のアカウントから、今もこっそり言葉を送っていたりするのだろうか。

いや、きっと彼はいない。きっと彼はもう僕を見ていない。「ネトウヨの皇帝」でなくなった今、休憩所としての僕にも役割がなくなっているからだ。確かめる方法はないけれど、きっとそうだ。

今の彼の平穏を祈る義理はない。自分が迷惑者の休憩所になっていたことを嬉しいとも思わない。だけど、どこか処理できない記憶の一つとして、彼から来るリプライの楽しさと不気味さと切なさを覚えている。


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こないだ受けたインタビュー記事。話題もちょうどSNS。前編。

後編。サムネに使われてる黒いキャラクターかわいい。

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